AM1:16
はるな


新宿でギターをひいている人の声が聞こえたらそれは生きていたくないっていう歌だったから早くそうすればいいと思う。雑踏がごくごく喉ならしながら意思を飲み込んでいくので喧噪が終わらないんだよ。データを集める子どもたちが今ごろ大人になってきていて、どこへも行けないで笑っている。ひかりがひかっているのが見えて死にたかった。

ポップコーンのにおいでいっぱいになったラブホテル。
三段×三列に積まれたケージに猫が一匹ずついるラブホテル。
海のみえるとこ。
枕がひとつしかなかったラブホテル。
スーツプレッサーとアイロンとアイロン台があるラブホテル。

たとえば階段が、階段を、昇ってもいいし降りてもいいよと言われて、それが、ほんとうに階段なのか、あるいは、扉があって、そこから出てもいいし入ってもいいよといわれたら、それは入口なのか(何への)、出口なのか(何からの)、という問題。
だって明日は、明日になったら今日になるし、あるいは今日が明日になるのか、明日が今日になるのか、わからないけど、明日に、行くことがどうしてもできない。わたしにはできない。

いちじくという名前のチョコレートがあって、ひねったみたいな形の小粒のチョコレートのなかにいちじくのジャムが入っているというもの。でもいちじくは、食べるよりも眺めるほうがずっと好きだったから、そのチョコレートも食べたことない。

からだがあって、音楽があるのに、踊らないなんて意味がわからない。ぜんぜんわからない。あと、腕をふりあげて、すこし回すみたいにするしぐさもよくわからない。やってみたけど、決まりがあるようで、みんなおんなじところでおんなじむきに回すようにするので不思議。まねしてもあんまり気持ちよくなくて、へんだった。でも、フロアーでは、いつもまわりが開いてしまう。

タクシーにのるよりも、川べりだったから、歩きたかった。川べりに一緒に泊まった。歩きたかった。でもそうしなかった。歩くのきらいなんだねと言うと、べつにそうでもないと言っていた。じゃあ歩こうよと言えなかった。川べりだったのに。晴れていたのに。
雨が降ると傘をさすので安心する。傘のなかはわかりやすい空間なので安心する。だから雨がふればいいと思っただけだ。

覚えていないことについて考えているけどできない。どうして覚えていないのか覚えていない。嘘かもしれないと思うけどそれも覚えていない。思い出そうとしてもそもそも覚えていない。何を覚えていないのかも覚えていない。でもたぶんなにか覚えていないことがあるんだと思う、6時間ぶん時間が経っていたから。

ひもが白いスニーカー、つま先に銀色のコーティングがしてあるパンプス、後ろのジップでとめるタイプのベージュのサンダル、ばってん型になったゴムでおさえる厚底の運動靴。黒いスニーカーは雨で湿っていたから乾かした。
ずるいとかずるくないとかはどうでもいいと思う。そんなの大事じゃない。どうしてもずるくなれないなら愚鈍であればいい。それが性質というものではないか。ずるいのがずるいならずるくなればいいのに。どんどんずるくなって、欲しいものを手に入れればいいのに。ずるいな、と後ろ指をさされながら。ずるくも、愚鈍でもない女なんて意味がわからない。自分の体もつかえないくせに、自分のことを女だと思う不思議。たぶん、体中の血管に、ぬるい砂糖水が流れている。

階段ですれ違った男の人が黒いスニーカーを履いていて、それがちょっと濡れていたから泣いた。

だって、思い出すものは、自分のものだけだから。自分の、時間じゃないから、思い出すことができない。奪えるだけ奪い合うことのいったいどのへんに情があるだろう。ない。
あの子がわたしを好きでなかったらどれだけいいだろうと思った。わたしのことを、まったく、これっぽっちも、好きではないのだとしたら、どれだけ救われるだろう。
いまから、時間というもののなきがらを掘り起こしにいくところ。あらゆるものの流れに抗うようにして、わたしたちの時間が走って行ってしまった。


自由詩 AM1:16 Copyright はるな 2012-05-31 01:16:53
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