遠雷のした
月乃助
遠雷のひびき
それは、叫び声にも似た、
雨 雨 雨 雨 雨 雨 雨 雨雨雨
ぐっしょりと 濡れそぼり
沢へつづく 林道をす」すむ
すでに谷あいの道は、土砂に閉ざされ
人は通ることをあきらめた
不安定な瓦礫の上に佇み
振り返ると 人里が霧靄の中にしずんでいる
少しのあいだ それを見つめる
谷からの風に異臭がした
頭ではなく 体が反応し逃げ出す
岩陰から突然にあらわれた黒い影に
私は、理不尽な激痛に投げ出され 私をうしなう
時をまたず、
体は、岩の上に打ち付けられた
獣の臭いと呻き声が、耳のすぐ横にある
遠ざかる意識のなかで、着てきた買ったばかりのウィンド・ブレーカーのことを考えている
とうに雨はやみ
ありうべきはずのない角度の、
脚が天をさしている
頭さえもない私の体をもとめ、もう 狐がやってきた
蠅の羽音、無数の虫たちの咀嚼、鳥たちもみな
饗宴によばれる
・
足元に気をとられ
女は、それがそこにあることさえ気づかずにいた
谷へ崩れ落ちる その瓦礫の上に
首を失った鹿が横たわる
谷へと落ちそうな あやうい平衡をたもちながら
森にその身を捧げている
でも、それは、女自身のすがた
そうであっても なにも不思議ではないはず
ここでは、この森では、誰もが死を共有している
遠雷がふたたび
ひびいた
都会の路地裏に生きる野良猫の
今日の糧を求める生きざまと 比べるのでも、
疲れきった体を 電車のゆれに眠りをむさぼる
ビジネス・マンの 凄惨な安らぎに 比べるのでもなく、
森で生きるということは、
命がけなのだと
そう思いながら
空のうめき声をきいていた