沙弥子
草野春心



  四月、僕は
  川のある町に
  あたらしく暮らし始めた
  水をふくんだ日の光を
  吸いこむと、眼には涙が滲んで



  黄色い床に積まれたままの
  段ボールをつぎつぎ開くように
  盲滅法に、きみのことを思う
  沙弥子
  いつかの夜中、
  狭くて寒い何処かの部屋で
  きみが手品のタネを
  明かしてくれるのを待っていた
  けれども誰かが扉を閉めると
  最後の灯りが静かに消えた



  沙弥子、
  きみのくれた豊かな愛は
  濁った流れになって、未だ
  僕の体に澱みをつくっている
  でも僕の愛は、きっと
  きみの唇から欠伸とともに
  放たれていった
  散っていったんだ



  四月、
  山間から届く
  真あたらしい強い光を
  吸いこむと、胸はぎゅっと痛んで
  風が土埃を運んでくると
  僕の体の小さな澱みは
  また少し、その色を深くしてゆく



  沙弥子、
  僕はしりたい
  きみの居る町には
  川があるのだろうか?



  沙弥子。
  きょう、日の光のなかで
  裏返っていたすべてのものが
  微笑みながら
  輝きながら
  そっと表に戻っていったんだ




自由詩 沙弥子 Copyright 草野春心 2012-05-26 10:27:04
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春心恋歌