人生
永乃ゆち
「やっぱうまくいかんわ」
すれ違った会社員らしき人が
携帯で話しよった
「やっぱうまくいかんわ」
(ほんまにそうじゃな・・・)
ウチは自分の事を言い当てられたかと思って
一瞬振り返った
その会社員らしき人は雑踏に紛れ見えんこうなっちょった
「うまくいかん・・・」
呟いた途端ぬかるみにはまった
おろしたてのスニーカーが泥まみれになってしもうた
「ほんま、うまくいかんわなぁ」
ウチはもう二十六年、一人の人を好きでおる
二十六年の間にいろんな事が変わってしもうた
あの人は大学院を卒業し獣医になって開業した
そして結婚して子どもが3人できた
ウチだけじゃ
変わっちょらんのはウチだけじゃ
相変わらず、二十六年前母の友達として紹介された時と同じ
あの人に恋をしちょる
忙しいあの人と会えるのは年に1回くらいじゃったな
一緒にご飯を食べるくらい
『友達の子どもさん』ちゅうことで、可愛がってはもらえた
でもウチの気持ちは一生知らんまんまじゃろうな
ウチあなたが好きなんよ
十八歳も年が離れチョるけど。
初めて会った小学生の頃から
年賀状のやり取りしかせんこうなった今でも
一生一人の人を好きでおるって、ちょっとカッコええけど
辛いで
初恋にして最後の恋じゃ
あの人以上の人なんておらん
ウチは何かにつけ思い出す
あの人の笑顔
あの人の声(もう何十年も聞いてない)
掌の柔らかさ
意志の強さ
ウチはダメじゃ
双極性障害?型とかなんとかゆうのんになってしもうて
精神科に十二年通いよる
ウチ、はよ死にたいわぁ
あの人の事忘れん内に
あの人と過ごした日々が色褪せん内に
あの人の記憶だけ心に留めて
ウチ、はよ死にたいわぁ
あぁ、そんなん言いよったらいけんな
あの人に顔向けできん
あの人が好きじゃわ
他の誰も好きになれんかった
あの人しか見えんかった
見合いで無理やり結婚させられた男には
毎晩リンチのような暴力を受けて
一年我慢したんじゃけど
殺されそうになったけぇ家を飛び出した
それからその男はストーカーになった
今でもカーテンを開けられんし
電話も怖い
この何十年、ウチは無駄にしたんじゃろうか
無駄じゃないと思いたいけど
無駄じゃったんじゃろうな
なんもかんも
うまくいかんかった
これから先も
うまくいかんのかな
ウチができる事と言えば、毎年楽しい年賀状を送って
「幸せに暮らしちょるよ!」
と報告して安心させることだけ
幸せに暮らしちょるなんて嘘じゃけどね
あぁ、ほんま、うまくいかんわ
ウチ入院するんて
鉄格子の嵌った、鍵のかかった
『閉鎖病棟』
っちゅー所に入院するんて
期間は未定って
ウチ、はぁもうええわ。
一生そこに居るわ
一生そこからあの人に向けて
嘘だらけの年賀状送るわ
うまくいく事なんてほんの一握りで
ほとんどの場合がうまくいかん
じゃけ、大したことないでよ
おかん、泣かんでくれ
ウチこんなじゃけど、あの人の事好きじゃけぇ
あの人よりは早く死ねんと思いよるけぇ
取り敢えず生きるけぇ
うまくいかんまま終わる人生でも
もう、ええんじゃ
一生にたった一人
愛する人に出逢えたけぇ
それで、ええんじゃ