International Klein Blue
カワグチタケシ
俺は涙を流さない
なんでもかんでも理由をつけていとおしむのはもうやめにしたんだ
夏色にかわった東京タワーの向こう側に一番きれいな月が輝くカーブで
俺を乗せたバスは大きく左に傾いた
この銀行の角を曲がればきっと
なんて思って
いくつ曲がったのかもう忘れてしまった
でもさ ハニー
いとしい人
いつも君のことばかり考えていたいんだけど
君にもらった靴をはくといつもかかとが痛いんだ
俺はキーをなくしてしまった
君のいない星をさがして夜空を見上げ大きく息をする
だけど そんな時でも俺はもう涙を流さない
あのマシンが刻むビートも電池が切れていつのまにか止まってしまった
電光掲示板に映し出される気温のことばかり
いつも気にしているのはもうやめにしたんだ
だから ハニー
いとしい人
俺は一本のペンで夕暮れの空に大きく飛行機雲の絵を描いて
君が見つける前に消してしまおう
そしてその夕暮れの空の深海の青色に
International Klein Blueと名前をつけて
そのブルーで一山の使い古された言葉を染め直し
その言葉を紡いで一枚の大きなカーペットを織り
そして織りあがったカーペットに切手をたくさん貼りつけて
君のポストに投函しよう
まっすぐなブルーの矢印を俺は
つかんではたぐり寄せそして思い切り手をはなす
くりかえし
つかんではたぐり寄せそして思い切り手をはなす
その反動で飛び出した
まっすぐなブルーの矢印は高く高く天を目指し
どこまでも高く天を目指し
君が軽い目眩をおぼえるまで
どこまでも空高く上っていくだろう
俺は歩き出す
すぐに足をとめて引き返す
君に電話をかけるために
俺は痛み
海の底をさらさらと音もたてずに流れる砂
ゼラチン質の生き物や
いつまでもふるえつづける小さな水滴に
International Klein Blueと名前をつけて
ブルーの水 すきとおった油
いつまでもふるえていろ ブルー