なにもかも叩き壊された場所
ホロウ・シカエルボク
陽の当らない路地裏の側溝を流れるよどんだ水が、区域の変るところの段差で病人のように流れてゆくのを見ていたのは夕方、肉体と精神が遮断されて、明るくなる朝と暗くなるだけの夜を見つめているだけの俺、日増しに強くなる梅雨の予感と湿気…うろうろと同じ場所を歩いているだけで数時間が抜け落ちたみたいに消える、携帯電話をスライドさせてディスプレイを表示させる、そこに記されていた時間は到底納得出来る類の数字じゃなかった―それがなんだというんだ?―近頃は野良猫が朝から晩までサカりまくって、あちこちで揉めてる鳴声や突っ込んでる鳴声が鉄骨木造の並ぶ通りに木霊する、ときには夜明け前にそんな声が聞こえることもある、まあ早くに目覚めたところで、いまの俺には眠りなおす時間はいくらでもあるのだが…時々俺は、廃墟の窓に干された色褪せたボロボロの洗濯ものになったような気がするときがある、無駄に汚れ、無駄にさらされ、無駄に朽ちて―時々俺は、自分が誰かの夢の中でだけ生きている人間なのではないかと思うことがある、誰か、例えばこの俺自身の…陽の当らない路地裏の側溝を流れるよどんだ水が、区域の変るところの段差で病人のようにゆっくりと流れてゆく、病人のように―ベッドからこぼれ落ちて戻ることが出来ないまま、苦痛にのたうちまわる病人のようにさ…ひどく喉が渇くけれど、近頃じゃ自動販売機で何か買うにも躊躇してしまうような状態だ、貧しく…そして毎月のように決められた支払いの期日はやってくる、これを払わなければあれが停止します、そう、それは時々、まったく別のなにかのお終いをカウントしてるみたいにも思える、俺は時々、設えられたまま狙われることすらなかった射撃場の的になったような気分になる―日没とともに湿気は少しマシになったけれど、明日も晴れのち曇りだと天気予報は言っていた…太陽が出るのは午前のうちだけだよ、太陽が出るのは午前のうちの…俺は昼から曇りだした時の気分のことを思う、爽快とはお世辞にも言い難い気分を―じっとりとした風が吹いて…俺はやるべきこともなくただ汗を滲ませるのだ、廃墟の窓に干された洗濯もののようにね…そう、廃墟といえば、数年前そんな光景を見たことがある、ただ当てもなく西の方に走ったんだ、原付でね―いつも気になっていながら足を向けたことの無かった道へ、その日は入って行ったんだ、そこには住宅地のようなものがあってね…「ような」ってのはさ、確かに住宅地のようなものではあったんだけれど、すべての家は壊されていたんだ、基礎のコンクリ部分だけを残してね―なんだかひどい壊され方だった、仕事で壊されたわけじゃないみたいに見えた、よくない感情のままに重機を振り回したみたいなさ…俺はなにもないことにガッカリして隅で立ち小便をした、そして、帰ろうと振り返ったときに、敷地の外れ、山肌に沿うように建てられたコンクリの小さな建物の窓に、洗濯ものが干されてあるのを見つけたんだ…それは朽ちてはいなかった、今日洗濯機で回されて干されたものだった、太陽の光を受けて輝いていた、俺は深呼吸をしてあたりをゆっくりと見回してみた、その家の対角線上に、やはり僅かな洗濯ものを干している小さな家があった、住んでいるのか、と思った、こんな、なにもかもが叩き壊されたみたいな土地の端っこに、そんな小さな家の中に…俺は途端に寒気のようなものを感じて原付にまたがり、エンジンをかけてそこを出た、あの窓の中―あの不思議なほど真っ暗な窓の中には、誰かがいたのだろうか?誰かがそこに居たのならば、俺が来たことには気づいていただろう、そして俺がすることをずっと見ていただろう…誰の声も、誰の気配もしなかったけれど、間違いなくあそこには誰かがいただろう、と思った、そして、俺がすることをずっと見ていただろうと…あの時は、そう、なぜそんなところに、と、そんなことばかりを考えていたのだけれど、最近になって、時々さ―あそこで窓の中の暗闇からなにかを見てる俺の姿を見ることがあるんだ、そして俺は、そこに居る俺がどんな気持ちでそれを眺めているのか、なんだかとてもよく理解出来る気がするんだよ、なにもかも叩き壊された場所、なあ、なにもかも…