最速ラッキーガール。
ねことら




ジンジャーエールに浮かぶ水色のゼリーをスプーンでつぶしてる。ちいさくてもろい人工氷山。口に運ぶ気はないけど、とてもきれい。ぼんやりながめてた。気がつけばそんなことばかりしてる。いつも。



シャワーから出てきたらやられてた。財布の入ったバッグごと盗まれてた。軽くヤケになってナンパなんか乗ったのがいけなかった。せめてヤッたあと盗めよ、と。



雨の何曜日か。街にはいつも日本語じゃないものが飛び交ってた。ぼんやりビレバンの軒先で濡れてたらおとこのこが声かけてきたんで「おお、なんださびしさは即物的に埋め合わせれば良いのだな」って即乗ってみて。バーでキスして舌からめてホテル。で、身ぐるみはがされたなんて。まじすっぽんぽんじゃね?ミもココロも。



汚れたモルタルの壁にエゴン・シーレのデッサンがかかってる。うつむき加減の女性の燃えるような赤い髪。リアルに火のよう。はめごろしの薄い窓。サイドテーブルのジンジャーエールがエアコンの風にゆれてる。



ここがどこかも曖昧で、かんがえるのはつらい。やさしさがとおい。なんでこうなんだろなーばかだなーってちょっと泣いて、すこしすっきりしておちついてきて。そのあとはラブホって鏡おおいよな。とか。変な香たいてるのかジャングルみたいな匂いがするな。とか。ぼーっとベッドで横になってた。



あした着る服のことだけかんがえる。リピート。あした着る服のことだけかんがえる。そうすればモルヒネに浸ってしあわせになれる。かんたんなおまじない。そんなのがほしい。直訳すれば、すぐ外す看板のことだけど。だれもわるくない。なにもかもリアル。



まずは裏口からダッシュで逃げる。おかねはない。作戦もない。実家はだれもきてくれないだろうし。逃げ切るかおいつかれるか。それだけで十分。ハッピーなことに、わたしは中学のとき陸上部だった!400メートル専門。フロントのつかれたおとななんかに負けるつもりはない。



とりあえず濡れた髪をドライヤーで乾かし、ストレッチをはじめる。わたしは、この街で誰より早く駆ける筋肉を持ち、若く、きれいで、きっとなんの傷を負うこともない。












自由詩 最速ラッキーガール。 Copyright ねことら 2012-05-13 09:15:57
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