【 想像の芽 】
泡沫恋歌
小さい頃 私は
イチゴは木になるものだと思っていた
あの赤い実はサクランボのように
枝にたわわに実っていて
それを食べるのだと信じていた
それが
子ども会でイチゴ狩りに行ったら
広いビニールハウスの中で
イチゴは地べたから
にょきにょきと生えていた
ああ なんてこと……
想像していた『イチゴの木』とは
ぜんぜん違っていたから
私のイチゴへのロマンは
すっかり打ち消されてしまった
*
こし餡に白い薄皮で
ところどころが
斑に透けている
饅頭のことを私の家では
「やぶれ饅頭」と呼んでいた
ある日「やぶれ饅頭」を買って来てと
母にお使いを頼まれて
いつもの調子で和菓子屋の店先
「やぶれ饅頭をください」と言ったら
お店のおばさんに笑われた
奥からわざわざ店主を呼んできて
もういっかい言ってみてとおばさんが
「やぶれ饅頭を……」私が言うと
ふたりして大笑いされた
それは「田舎饅頭」というのだと
お店の人が教えてくれた
恥かしい思いをして
無理やり名前を押し付けられた
「やぶれ饅頭」ではない
「田舎饅頭」は私の知っている
饅頭とはもう違っていた
だから
今でも私の心の中では
「田舎饅頭」ではなく
「やぶれ饅頭」のまんまで
絶対に訂正はしないつもりなのだ
*
クリスマス前夜
枕もとに靴下を置いて私は眠った
朝起きて見たら
いつも靴下の中は空っぽだった
母に訊いてみた
「どうして、うちにはサンタが来ないの?」
「貧乏だからプレゼントなんか買えないよ」
内職の仕事をしながらそう言った
やっぱりそうか……
その言葉に心の中でグシャリと何かが潰れた
今にして思えば
もっと優しい嘘をついて欲しかった
*
よく大人は子どもの間違いを正そうとする
知識というハンマーで夢や想像を叩き潰そうとする
正しい知識を与えることが夢や想像よりも
重要だと思っているからだろう
だけど……
そんな決めつけで『想像の芽』を摘まれたら
もう二度とその芽は育たなくなってしまう
子どもたちのちっぽけな間違いは
どうか見逃して欲しい
――正しいことが必ずしも正解とは限らない
子どもの間違いには真実にはない
柔らかな夢を含んでいるから
どうかその芽を摘まないでください