プリズム浸透膜細胞
T.L
夕だちが風をおこす
わたしの中にはわたしを包むたくさんの気泡があって
ひしめき合い、じぶんのかたまりをばらばらにしている
夕だちのあとにふく風は、プリズムの階段に繋がっている
そんな寓話を聞いたことがある
正確に分かれた色の、水槽列車に乗っているわたしも
いつしか押し出され、輝きの輪郭になるだろう
そのはるか上の隔絶に、きっと、明日がある
まだ沈まない夕陽
何万年も、何十万年も
今日になだれ込んできて、わたしを明日に押し流そうとする熱源
対流層の渦の中に、からだは泡のようにちぎれていく
ほの暗くなっていく部屋
かたづけていないお皿がいる
これはきのうをならべたもの
きのうをのせた
きのうの死骸
物寂しい目のお皿がいつもいる
書き溜めたノートの文字も
きのうのお皿にならべたもの
ばらばらになって、おいしいお肉になって、お皿の上でこの子は死んだよ
こうして毎日が死んでいくんだね
とてもいいこと
電灯をつける
ちかちかとする影に血管が明らむと
わたしの膜は光子と結合する
あたたかくやわらかい、わたしがいる
ほかには何もなく
明るい、すべてが現実
身体をあらう(ノートの濁った水が皮膚をめくる
なつかしい現実をかぞえてみる
食後の膠着した膜組織を裂いて
(痛みや悲しみの神経を露出する
からだの奥のゆたかなわたしのからだ
目を閉じると外の出来事がよくわかる 明るみにはじめて触れる錯覚 植物の音のない世界を包む 風の丘をいくつもこえ 淘汰され わたしの元に届く光 寂莫から伸びる蔓が大気の振動をつかみ 丘の麓に訪れる明日を解釈するのなら 目を失ったひとの心は 耳の働きで健やかな獣となり 世界に最も近い感覚を研ぎ澄ました獣の声になる ここでは夕だちが体毛を濡らし からだに太陽熱を染み込ます 浸透し 感覚と光が等しくなる頃 肉体の奥からほどけたひとつの繊維は ふたたび光に向かう蔓となるだろう
ごおおっと、きのうを通過した列車が
虹のようなものの中を通っていく