記憶
千波 一也
さくらの歌が
眠りにつくころ
駅がわたしを呼びにくる
路線図上の
きれいな文字は
すっかり古く、穏やかで
長く対峙することが
むずかしい
線路脇には
意味のあるものたちが
忘れ去られている
押しつけがましい意味の外側で
満ち足りている
澄んだ空をわたる
ひとすじの雲
こころに寄り添う
言葉があるならば
まっしろ、なのだろう
わたしはまだ
透明にあこがれている
春の音はみな
軋んでいる
頼りない命が
かけがえのない命が
ひとつになりたくて
ひとつになれずにいる
さくらの歌が
ふたたび目を覚ましたら
わたしは駅を忘れるだろう
行き先も確かめず
しらない電車に乗るだろう
線路脇はいま、
ひかりと風のまつりのさなか
懐かしいわたしの幾つかが
わたしにそれを
教えてくれる