ケ・セラ・セラ
渡 ひろこ
私のDNAの塩基配列に
「ケ・セラ・セラ」という
遺伝子情報が組み込まれている
膨大な螺旋構造の宇宙には
母から降ってきた星屑が潜んでいる
突然の父の入院で
しばらくぶりに会った母の身体は
いくつもの諦めを纏い、すっかり縮んでいた
梅干し のようだった
干からびてしまった母を元にもどしたくて
実家近くの温泉スパに誘う
うつろな表情に光が欲しくて
しなびた背中をていねいに流す
「どう?気持ちいい?久しぶりでしょ?」
「ああ、極楽 こういう親孝行したなと
ワタシがいなくなったら、いい思い出になるよ」
自分が鬼籍に入ったあとのことまで
冗談まじりにサラリと言う
湯煙りの中、母の口から
ドリス・デイの歌がこぼれる
「ケ・セラ・セラ なるようになるさ」
終戦直後、京城から引き揚げてきた時も
そんなふうに苦難をかわしてきたのだろうか
もう一歩高みに踏み出すことも煩わしくて
我がままな父と連れ添うためにも
この呪文でやりすごしてきたのかもしれない
ねじれた螺旋構造は私にも受け継がれている
旬を過ぎた返信の溜まり水に溺れ
吐きすぎた言葉の残骸に顔を覆っても
最後はケ・セラ・セラで葬り去ってきた
いま、目の前にある
ふたまわりも小さくなった背中が
なすがまま
流れに身をまかせてきた果てを
無言で諭す
窓からの陽射しが
立ちこめる湯気と肌をさらに白くする
湯上がりの母は
ふっくらした梅の実となって笑った