許諾
HAL
砂漠に生きるものたちだけが持つ
本能が待っていた雨が降るのを知らせた
やっと待ち焦がれた雨が降り始めると
ぼくの心まで沁み込む雨が降り始めると
ぼくの心を苦しめてきた細菌が
ひとつまたひとつと殺されていく
ぼくの焦燥感が消えていく
嫌悪しつづけた憎しみや後悔や痛苦などの
諸々が削え去っていく
ざらついていた心の襞が
イルカの皮膚のように滑らかになっていく
重かった得体の知れない何かが軽くなっていく
時の冷酷に削られないものの為に
歳月とともに揺るがない碓たる芯を持ち
未来永劫変わらぬものに身も心も委ねたいと云う
ぼくの長く抱きつづけた望みが叶えられる
ぼくは何も求めず雨を待った
ぼくは何も救わず雨を待った
ぼくは愛も欲せず雨を待った
希望も夢さえいらなかった
過去を懐かしがらなかった
未来に期待も抱かなかった
戒律に脅されなかった
快楽に誘われなかった
欲望に溺れなかった
高潔に怯えなかった
淀まなかった
沈まなかった
徒党を組まなかった
孤独を恐れなかった
否定に抗った
肯定に頷いた
その恩寵かの様に
降る雨の一雫によって
ぼくを形成している60兆の
細胞膜がひとつずつ失われ
細胞核がひとつに溶け合い
そしてひとつの細胞だけのぼくになり
そのために21,900日待ちつづけた
雨がいま洪水になる為に降りつづけ
その雨雫の一滴となって甦ることが
やがてぼくに許諾される時が訪れる