弁解(自殺幇助にかんする覚書)
青土よし
「現代医学的見地に立てば、悟りをひらくというのは、いわゆる統合失調症をはじめとした精神病の状態であると言われております。ですから、僕は、イヤイヤ、この主語はおかしいですね…笑ってしまいますね……、彼は、彼は、自殺をしたんじゃあ、ないのですよ。彼は言いました。……ええ、これはくれぐれも他言することの無きよう、と生前彼から執拗に言われていたのですがね…、きっと分かってくれますよ。そう、それで、彼は、こう言ったのです…。
自分は体内に宇宙を飼っている。17の頃からだ。ある朝、尋常ならざる性的興奮によって目を醒ました。間も無くそれが絶頂に達すると、…ふつう、男は精液を迸らせるが…、あの朝の自分は、違った。きみには想像もつかないだろう、愕くなよ、イヤ、愕いても構わないが、何てったってね、……おいおい、笑うのか。ケッ、きみもしょせん、そんなもんか…。
彼はここで、ほんとうにつまらなそうな顔をしました。私は急いで謝りましたが、彼は、もういい、白けちまった、ケーベツだ、ケーベツしてやる、と地面に座り込んでしまいました。……ええ、ええ、あなた様のような、立派な大学をお出になってらっしゃる方なら、もう、察しがついているでしょう……、彼の百五十センチにも満たぬ小さな体躯には収まりきらない程に、宇宙は膨張してしまっていたのです。遅かれ早かれ、彼の肉体は、跡形も無く爆発していたであろうことは、想像に難くありません。彼はすこし早めに、最も安全な手段で以て、おのれの宇宙を守ったに過ぎません。
ええ、ええ、そう、精神を病ませることが、宗教的な完成であります。彼は、肉体の死によって、宇宙的な完成を迎えたのあります。……あら、笑うのですか。私の論が破綻しているというのですか。それあ、あなた様のような、立派な大学を御出になってらっしゃる方には、まったく、子供じみた論でしょう…。もういいです、謝らないでください、ケッ、あなたもしょせん、そんなもんですか。はああ、白けちまった、ケーベツです、こんなの、ケーベツですよ……」
そう言って、彼は、ほんとうにつまらなそうな顔をして、地面に座り込んでしまった。