時計のない部屋
……とある蛙

 しかし、啓示を受けたのだ。山の彼方へ行くように。地平線へ。





俺という人嫌いは
背中にうっすらとした毛が生え
頭部には後光が輝くよう
髪が一部欠落している。

歩き出しの一歩目は眠り
思考ではなく夢を落下させる
漠然とした風景が雑然とした街に変わり
街外れの交差点を東に思念すると
蜘蛛が道先を歩く、
流れる山道が平坦に続く。

語り手不在の時間の流れが
身を浄めることもなく 落下する
絶壁に刻み込まれたごく僅かな膨らみが
真横に植栽された歪みをもつ

断崖の松は意外なほど生き生きしていて
松の樹皮にへばり付いた粘菌が猫に変わる。
記憶の彼方の猫
そうだ、チシャ猫だ。

黄色の煉瓦通りを足早に通過する
二階建のユニオンジャックのバスは
一二本の獣の足を持ち
黄金のパスモで乗車しようと
カウンターにかざすと車掌は乗車拒否

※ワンマンではなくリャンワン

荒野の真ん中で野宿する
俺の寝袋は薄紫に紅で
たき火はとうの昔に消え果て
空腹と寒さでまたズルズル歩き出す俺

ホームレス的な自分の足に絡みつく記憶枝葉末葉。
全て記憶は俺の都合の良いように整理されていたはずなのだが、
絡みついて離れない。
直ぐ目の前にある家に灯りはついている
とにかく野宿は寒い。

辿り着いた家屋は一部屋しか無く
玄関扉を開けると
部屋のドアノブが鼻先に突き出され
二枚のドアがずれていて押しても引いても開かない
斧でたたき割った孔を屈んで
部屋に侵入

掛け時計と窓のある景色
窓の外に広がる夕暮れの丘に
ポツリと一羽の鶏が鳴く
時計の長と短針の狭間に
発条仕掛けの鍵穴が
盛大に時を告げ
微動だにしない長針の裏を
短針が正確に左旋回する。
秒針は慌しく4と5の間を行き来し
ゆったりとした夕日の時を刻む

窓の外はいつまで立っても日が没しないが
赤く染まった峻厳な岩山は
言葉を発することの無い
虹色の虎に守られて
時の季節を過ごしている

目的地ではないことは明白で
窓を這いだし
麓に向かって歩く
自分の足取りは確かだが
先行き不明
だが、不安も不満もない。
こんなものだ。


自由詩 時計のない部屋 Copyright ……とある蛙 2012-03-22 17:25:03
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