春 いつもの散歩道にて
浅香 葉菜

あの日鳴らなかったケータイは
その2週間後、
街を流れる雪解け水の小さな川に流されました

あの日買ったお気に入りのブランドの手袋は
4年の歳月を経て人差し指に穴が空き
ついに、その役割を終えました

今ではもう
あの日着ていた白のコートも
ベージュのスカートも
私の家にはありません

いちいち気にしていたわけではないけれど
ふと、
ポケットに左手を入れるくせがなくなったことに気が付いて
あの曲を口ずさむ回数がめっきり減ったことに気が付いて
済し崩しに思い出されたのです

あの日はっきりと思い知らされた
あなたの気持ちを
恨むことなどなかったけれど
思い出す度に
少しお腹のあたりがもわもわするのは
たぶん悲しかった証なのだと思います

今日のこの暖かい春の日差しも
私の左手を握る小さなてのひらも
あなたと同じように思い出となる日が来るのでしょう

そのとき、
私はどちらをどれほど強く覚えているのでしょう


頬をなぞる柔らかいそよ風に
ひとつ、確かなこたえを聞く


すれ違う人のポケットから
あのメロディが微かに流れる


自由詩 春 いつもの散歩道にて Copyright 浅香 葉菜 2012-03-20 23:55:37
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