イチゴ狩り
ただのみきや

今年もこの日がやってきた
例年と同じ農園のビニールハウス前に
イチゴ狩りに魅せられた老若男女二十数名
斜に構えたり 無言を装ったり
だが皆が高揚を隠し切れずにいるのだ

農園の主人は愛想笑いもそこそこに
巨大なハウスの扉を開いた
初夏の野山を思わせる温かさと湿り気 
おお甘き香り イチゴの楽園よ!
交配用のマルハナ蜂の羽音も心地よく
微かに イチゴの息遣いが伝わってくる

一つのハウス内に三つの畝が並び
遠く八十メートルはあろうか
その端っこにわたしたちは息を殺して整列している
心臓の鼓動がイチゴたちに聞こえはしまいか心配だ
農園の主人が語るルールと注意点の説明など
もはや誰も聞いていない
皆が神経を集中し 始めの合図を待っている

   銃声が鳴り響いた!

いっせいに駆け出す狩人たち 
先頭の何人かが長い得物で追い立てると
イチゴたちは慌てふためきながら逃げ出して行く
すかさず 狙いを定めボウガンが放たれる
次々と仕留められて行くイチゴたち
自らの赤い果汁溜りの上に横たわる
得も言われぬ濃厚な 甘い香りが支配し始めると
あたりは異様な興奮で包まれるのだ

倒れた母イチゴに 戸惑いながらも寄添う
まだ幼い子イチゴたち
震えている
狩人の掟として母イチゴとその子イチゴを
一度に食してはいけない
初めてイチゴ狩りに参加した息子の顔は
曇っている
子イチゴたちの悲しみに優しい魂は敏感に反応してしまうのだ

イチゴ狩りにおいてもっとも不名誉なことは
追いつめたイチゴに反撃されることだ
特にへた側半分くらいがまだ白いイチゴは要注意だ
若いやつらは気が荒く突然向かってくることもある
そんな時うっかり足を滑らせて転んでしまうと
まだ熟していない固い部分 あの粒々あたまで
顔など露出している部分を激しく擦られてしまう
それほど実害はないのだが「白イチゴに撫でられたやつ」
という不名誉な称号が 数年はついて回るのだ

    再び 銃声

狩りは終わった
全員が体中に返り汁を浴びて赤く染まっていた
表彰式
多くイチゴを狩った者 上位三人が表彰される
それぞれが仕留めたイチゴのへたを重ねて作った
王冠を被り 満足げに微笑んでいる
誰も拍手を惜しむ者はいない
彼らはわたしたちの誇りなのだ

帰りの車の中 息子は口を開かなかった
「かわいそうな子イチゴを家に連れて帰りたい」
その願いをわたしが聞き入れなかったからだ
イチゴは「かわいそう」だけで飼うことはできない
やがてイチゴは甘い香りを漂わせ
人の食欲の対象になる
熟したイチゴの誘惑に 人は勝つことはできない
その時の魂の苦悩
それは筆舌しがたく 長く人生に影を落としてしまう
そんな思いを息子にまで負わせることは
わたしにはできなかった



自由詩 イチゴ狩り Copyright ただのみきや 2012-03-18 21:20:13
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