甲板の花
佐伯黒子

〇さっき
甲板でその花は無理やり咲いていた、それを、わたしはみていて、本当に生きていたいのだなあ、と、潮風やしぶきや嵐にさらされても、ひとりぼっちでも、咲くんだなあ、それを、わたしはみつけることができたなあ、とおもった。それで、銀行には今朝行って、預金をぜんぶ下ろしてきたよ。

▽むかし
おねえちゃんの短歌がすきだった。決して家族に見せようとしなかった、ことばの配列が、まるでひみつの暗号みたいにおもえていたし、彼女の目でうちの生活はそんなふうに見えているのだなあという気づきが面白くて、こっそりさがしては読んでいた。妹が死ねばいいのに、からはじまる歌が、お気に入りだった。

□いま
預金を、すぐに下ろせるところに移したあとで、わたしはきみに留守番電話を遺した。さようなら、もうきみのせいで死のうとはしないよ、だけ言って、それで今、わたしは握りしめている携帯電話よりずっと大切なものを足元にみつけてしまったので、ふるえの止まらないそれをうしろの海に投げたのだった。

◇これから
つまり、わたしのきみは、つまり、これのことだったのだろう。海に堕ちたきみは、つぎは花として散るか枯れるかするまで、わたしに寄り添うのだろう、つぎのきみがあらわれるまで。そうやって、いきているもの、いないもの、すべてをつかって、なんとかわたしをさいごまでみずから消さないように、運ぼうというのだろう。まったく傲慢だね。
ありがとうね。


(甲板でその花は孤独と不安におびえながら
嵐をこえて咲きつづける
つぎはいったいなんだい
ううん
おしえてくれなくってもいいや)


自由詩 甲板の花 Copyright 佐伯黒子 2012-03-12 23:01:51
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