遠ざかる 音
いねむり猫


嵐は 過ぎ去ったようだ

水しぶきを上げて 遠ざかる 深夜トラック


小さな町の バイパス沿いの店で
だれも来ない夜を 過ごしている

数台分の駐車場は 埋まったこともない
看板は古びて 夜の営業など 注意深い運転手にしか 分からない
小さなランプが一つ 傾いた店の名を照らしている

大きなトラックの群れが 再び通り過ぎて行く
この街とはかかわりもない 多くの出来事が この店を通り過ぎる

この場所で過ごすこと 
人々が 見知らぬ無数の街に住み
悩み 笑い 悲しみ 怒っていることの その確信を失うこと 
世界から 深く 切り離される こと  

 
気付くと カウンターに 一人の男が座っている

いつ 店に入ってきたのか 気付かなかった
店の主人も 何も声をかけなかったはずだ
男はただカウンターに座って グラスをなめるように飲んでいる

うつむいた顔を見ることはできない

嵐のただ中を 店に やってきたのだろうか

着たままのコートから 雨が滴っている

そういえば 店の主人が 古いブルースを流したのは
この男のためだったのかもしれない

遠く渇いた記憶に かすかに届く 
霧雨のような 淡い問いかけ  

古い友よ


無口な私は 同じ酒の名前しか つぶやけない
つまみは 適当に出てくる


鏡に映った自分の姿を 横目で見ながら 

深夜の時間は いつまでも すすまない



自由詩 遠ざかる 音 Copyright いねむり猫 2012-03-10 22:22:20
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