春の海で眠りたい
AquArium

1.
重力に逆らっていった言葉の
行く先はどこで
わたしの視線の廃棄場所が
どこにあるのか
なんて誰も教えてくれない

どうしてあの時、
という無意味な問いをできるほど
わたしは強くも、弱くも、ない
揉み消した吸殻が溜まっていく
その中にホンモノは何一つないんだ

降り出した雨粒
歩幅の合わない道は狭く
紫色の傘が啼いていた
遠く後ろに正反対の2人
君たちが微笑んでいたことを背中は知る

(ただただ
 美化された記憶が憎い
 裏側を読み解く手足が
 わたしにはなかった、
 その愚かさが歯がゆい)

2.
行きに付いていたつま先はない
帰り道に石化してしまったつま先を
冷たい雨でさえ溶かしてはくれない
振り返れば全身が固体になると思った
夜はまだ明けない

ハルシオンに託してみたら
今夜すべて流れていく、
気がした
けれど夢にさえもなりえない
瞼の裏側が熱くなっては冷めた

答えは問わない沈黙の中
澱みない言葉の儚さ
薄ら笑いに消えていく嘘
となりで笑う誰かがじっと、
わたしを見抜こうとする

ボトルキープ
したところで次はない
わたしが決めたんだ
次はない、二度とない
終着点はどこにもない



ああ
噛み合わない日常の中に
薄い薄い光を纏って
最大限の照明を駆使した
秋口の影が未だにアスファルトに焼きついている


ああ
なまぬるさが突き刺す冷たさに変わる
境目がわからないような感覚
そんな曖昧さで
なんとか保っていた均衡


ああ
唯一の心残りだと
大事にしていたわたしの覚悟
不純物までも一緒くたにしてしまう君の海で
一瞬で波に浚われてしまった



3.
始まりも終わりもない
不完全さで
現実を直視できない言い訳を作ったのは
紛れもなくわたし、
わたしでしかないんだ

正しすぎた忠告を
まるごと全部足枷に変えて
新しい空気を吸えなくしたのも、
誰でもないわたし、
わたしでしかないんだ

土地勘のない場所は
世界を新鮮に錯覚させる
螺旋階段の屋上は
沈殿した夢を吹きあげる風が
在るんじゃないかと信じていたんだ

(ただただ
 美化しすぎた姿が憎い
 表面でさえ見えずにいた、
 わたしの狭い視野が
 とてつもなく歯がゆい)

4.
雨音が止んでいくのに
睫毛の先は乾かないから
西新の街は乱れて光る
湿った世界の生乾きの匂いが
新品の服を汚していく

一度開けたワインの香り
醸し出される鼻腔のはるか奥に
充満する、この酸味と渋み
同じ空気は吸えない
二度と、未開封にはできない

数分ですり減っていく靴裏
どうしたって追いつけない背中に
わたしは傘を捨てるしかなくて
息を切らして走る
後ろの君たちは傘を優しく拾ってくれた

玄関をあけると
立っていた夢にまで見た人
昇華してくれと願いながら
すべてが嘘になった深夜の
ハルシオンは効いてくれない



ああ
都合よくトリミングされた世界で
屈託のなさだけが売りだった
それは身の丈にも合わない
窮屈で惨めな事実を隠していただけで


ああ
触れた腕が冷たくて
浮き出した血管に流れている
異質の血液、それだけで解りきっている
埋められない溝の深さ


ああ
君の海は泳ぐには濁りすぎていた
冬を理由に裸足にならなかった
それだけが、
わたしの救い



5.
逆行していく時間の
消費される場所はどこで
わたしのこころの保管場所が
どこにあるのか
なんて誰も教えてはくれなかった

もしあの時、
という陳腐な思想を隠すほど
わたしは固くも、柔らかくも、ない
枯らした声が届く場所には
もうホンモノは何一つなかったんだ

再び降り出した雨
手のひらで救おうとして
すり抜けていく水滴の
落ちた先に干からびてしまった
わたしの、勘違い

(ただただ
 過ちを繰り返す弱さが憎い
 正直に傷が付かない
 中途半端なこころ
 今回ばかりは、わたし自身に絶望している)



ああ
すべてが無意味だったとして
残るものはなんだろう
確実なことはもうすぐ春がくる、
ただそれだけのこと



自由詩 春の海で眠りたい Copyright AquArium 2012-03-10 00:59:51
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