未来に乗って
灘 修二

未来は、けぶる朝霧の中から、わたしを迎えにきた。草木眠る大地をならして、止まった。吐いた蒸気は霧の中に消えて行く。ドアが開くが、降りる客はいない。この機関車は乗る客しかいない。

私は未来に乗る。みんな笑顔で迎えてくれたが、人々は誰も無口だ。行く先を知っているかのよう、知らないかのよう。未来はあるかのよう、ないかのような顔をして、わたしに告げた。駅は一つ、終着駅です。

真っ赤な服をきた黒ひげの車掌がきて、行き先を尋ねた。わたしはわからないと答えた。渡された切符に書いてあったのは、行きは未来、帰りはわたし。

重い黒鉄の固まりが、ゆっくり動き出す。朝霧は消えて、晩夏の日差しにかわり、未来の鉄の肌を走る。走れ。走れ。機関車よ。未来がわたしを連れていくままに。

緑の国を走る。鬱蒼と茂る森林の中を駆け巡る。窓から入る木漏れ日が、光の未来をはやし立てる。エンジンは、森林の空気を吸って、牧場の薪を燃やして、全開。芳しい煙を古郷に返しにやってきた。

客はどこに着くか知っているが、それはまだ誰も見たことがない国。ガタゴト、ガタゴト揺れて未来は揺りかごになる。疾走する機関車は汽笛の音を置き去りにしていく。歓喜にむせびながら、もくもく霧を吐いて走る。霧は乾いた心を湿らし、揺れは止まった時計を動かす。わたしの心臓も打ち始めた。昨日まで国境の砦で銃を構えてひとりきり。今日は夢見る未来とふたりきり。

風の国を駆け抜ける。未来は風に吹かれて乱れ髪。風の法王が降りてきて未来に手紙を届ける。100年の昔、わたしは剣であなたから命を奪いました。今それを返します。差出人のない手紙を読んで、未来の頬が赤らんだ。

夢の国に入った。長いトンネルに入った。わたしと未来は深い眠りに入った。息と息を重ねて、猫の眠りを眠った。亡霊の未来が帰ってきた夢を見たとき、わたしは小躍りして目が覚めた。

どのくらい時間がたったのかわからない。長いトンネルを抜けると霧の国だった。終着駅に着いた。別れを告げると、未来は夜霧の中に消えて行った。胸のポケットに手を当てると、大きな忘れ物に気がついた。わたしを忘れた国にわたしを忘れてきた。夏の終わりに。


自由詩 未来に乗って Copyright 灘 修二 2012-03-08 23:03:40
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