十九歳の雛祭り
緋月 衣瑠香
ぽとり、と蝋梅
黄色い窓を覗く
すると向こう世界の隅で春が騒いでいた
「梅、桃、桜の順で咲いていくのよ」
「そうして、春になるの」
白い酒器の表面に落とされた桜
注がれた梅ソーダが息苦しそうに音を立てる
勿論ノンアルコール
誤解を招かぬよう
こう記さなければならないのもあと半年と少し
「どれも似てるけど花びらの形が違うのよ」
「梅は丸くて、桃は尖ってるので、それで桜は割れてるの」
体の内部を荒らしていく炭酸
突き刺さる気泡
ああ また身長が伸びなくなる
「白梅、紅梅の違いは花の色じゃないんだってよ」
「枝を割って、中が赤なら紅梅、白なら白梅なんだって」
玄関から姿を消した蝋梅のような
半透明な黄色いソーダは私に吸収される
今玄関を彩るのは
咲き誇る桃と固く閉じた白梅
「蝋梅は梅じゃないのよ」
「梅に似た花で蝋細工のようだから、蝋梅」
本と本の間の新聞紙のそのまた間
ぺしゃりとした半透明の花びら
健在する黄色い窓を覗けばまだ冬で
その向こうに春がいる
体内を駆け巡る血液のような炭酸を
春を伝える花のように染まる大人たちの頬を
口の中で笑って収める
どんどこと音を立てる
不条理なようでいて逆説的なような春
もうしばらく
黄色い窓から覗いていよう