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長押 新

わたしはもう本当に眠りたいんです。お母さん、あなたはまだ湿った布団で眠っていますか。えいえんを手放してしまいました。えいえんが狭すぎるから。血を流さなくても痛いのに血の流れる描写だけが流れていきます。

雲の切れ目。無数の瞳が火の魂のように揺れ水面に注がれる。雲が空の色に変わり、ここはすっかり昼になる。

女の手より柔らかい波が、しなやかに底を削り取る。地べたは湿っていて、乾いている時よりも風を感じる。指が躊躇いながら強く、押し出される。その手はわたし。爪の間に泥が入り込んで、きついと騒いでいる。

わたしは魚ごと飲み込んで、わたしになる。魚もわたしだから、鱗や鰭が刺さっても平気。痛いけれど、飲み込まれるわたしも痛いから。ね。平気。

私の中に有るのに私では無くて、私が憎むべき物。私が認識する前からずっと存在して、悲鳴が耳を満たす。それが意識の始まり。悲鳴は、私から表れ、やっぱり私だって言うのに記憶の領域が確認できるのは、これだけ。

賛美する。掌から炎が出て虫の羽のような顔がポッと照らす。焼き尽くす炎ではなくて。燃えている太陽を思う心がそうするみたいに優しく。

お母さん、お母さんは花が嫌いでした。虫が寄ってくるからと言って、花柄の服ですら着ることはありませんでしたね。

熱にうなされると筋肉の間に入り込む夢を見る。筋肉の線を指先で千切っていく。そうしないと進めないから。ミミズを引っ張るみたいに。ミミズは強く引いた方が短く切れて、それでも動いている。

わたしはお母さんを思い出します。お母さん、お母さんもわたしを思い出したりするのかしら。お母さんがお母さんの事を思い出すとしたら、わたしのことを忘れたりしていないのかしら。

わたし、花が好きではないの。あれは色とりどりの性器。それなのに、花に囲まれて生活している。
処女に戻りたいと思う事があります。それでも昔には戻りたくないんです。

裂ける肉が大きく開く度に、滴り落ちる汁、そのわたしは手を持たない。

誰かの為に生きることが出来るでしょうか?花だって摘み取られる前は自分の為に美しいって言うのに。

お腹に大量の虫を飼っているみたい。黒くて、足の多い。飲み込んだわたしが溶けて魚の胃袋から現れた虫。それもわたし。その虫もわたし?そのわたしがわたしを蝕んでいるのかしら。いいえ。それならこうやって手紙を書くことなんて出来ないもの。

陽射しがわたしの正体を明かしていく。わたし。わたしは影。お母さん、私は影。

お母さん、お母さんはわたしが男の子でなかった事を今でも憎んでいますか。私も男の子に産まれたら良かったと思っていました。処女だった頃まで。

血が流れていく。月経です。



自由詩 見ている Copyright 長押 新 2012-03-01 19:38:42
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