プライド
小川 葉
わたしは男のくせに、何も出来ないのである。これでも妻と息子を食わせているつもりであるのだが、殊、家のことになると別問題である。
先日用事があって、妻が息子を連れて仙台の実家に帰った。明日には戻ります、と伝えられたのであるが、それは三日となり、やがて四日となり、そうしてついに五日目の夜、ストーブの灯油が切れた。これはわたしがもっとも恐れていたことである。
五日目、わたしは部屋の隅で布団にくるまり、体育座りして震え、朝を待つことを決意した。明日には帰ってくるだろう。救出ヘリが来るのだ。わたしは手を振るだろう。意識を失いかけた朝に。
しかしそうしている間にも気温が下がっていくのを感じた。さすがにこの寒さに耐えられないのは、まさか自分だけではないだろうと確信し、まるで偶然を装うかのように、妻にメールすることにしたのである。
あなたはまだ仙台かと思う。もう少しゆっくりしておいで。けどこの寒さにはかなわない。ひとつ教えてほしいことがあるのだ。灯油タンクはどうやってあけるの?青いとこまわすの?
妻から返事が来る。そんなことだろうと思いました。そろそろ灯油が切れる頃でしたから、今、高速バスで帰ってます。何とか、回してあけて下さい。今、秋田中央インター。
思いがけず、わたしは少しうれしくなり、返信メールを書いた。凄い握力ですね。力強すぎて開かなくて困っていたところです。あれからコンビニ弁当ばかり食べてしまって、少し痩せました、なんちゃって。などとメールを下書きしていると、窓の外からあの懐かしい、にぎやかな声が帰ってきたのである。
わたしは腕組みして、妻と息子を迎えた。もう少し、一人でも構わなかったんだぜ、強がると、あらそうと、妻が灯油タンクをひとひねりで開けた。とても簡単そうだった。
もう少し、一人でも良かったんだぜ。もう一度言ってみたのだが、妻はもう聞いてなかった。ストーブに火が点いた。からだがあたたかくなるのを感じた。組んでいた腕を、わたしはやっとほどくことができた。