ジンクスが死んだ朝
ただのみきや

こんな朝に
カラスのカの字もありゃしない
太陽はふやけた面の木偶の坊だ
白い国道の上
黒いおまえは完全に死んでいる

暗がりのおまえは
いつも何かを舐めていた
おまえが前を横切る時には何時だって
「 ラッキー 」そう呟いた
おまえはおれの唯一のジンクスだった

だが今朝おまえが死んでいるってことは
おまえの前を横切る
おれがおまえのアンラッキーだったのか
そもそも本当に死んだのはおまえなの
それともおれが死んだのか

おまえはよくあの老いた飼い犬の皿から
夜食を食べていた
あの犬はそんなお前をすぐ側で見ながら
ただ黙って見つめていたっけ
まるで息子でも見るように

おれはおまえに魅かれていたが
おまえは寄りつきもしなかった
一瞬こわばった姿勢で見つめ返す闇よりも濃いからだ
おれはただ見つめていた
若い娼婦に見とれるかのように

ああ やっとカラスが降りてきた
雪のそぼ降る中 黒い猫と黒いカラスは
白紙の上のインクの滴りのように
おれというペンを中断させていた
太陽は早々にブラインドを下し店仕舞いだ

カラスは小首を傾げ一瞬 おれに問うた
やつもおまえを知っていたし
同じように感じたのは無理はないことだ
死んだのは 本当は自分ではないかと
バス停から見る二人はまるで双子なのだから

黒猫と黒いカラスと黒いスノーコートの男が
車通りのない休日の朝の国道で
ささやかな葬儀に参列していた
無言のまま カラスは己を取り戻し
静かについばみ始めた

おれはまだ夢の中に取り残されたよう
おれとおまえ 
カラスとおまえを重ね合わせては
分別違反の粗大ゴミのように
自己矛盾の張り紙だらけになって十分に死体だった

やがて大きな
棺桶みたいなバスが到着すると
おれだけが乗り込んで
現実とか日常とか呼ばれる領域に
幻のように融けていった
  
バスに揺られながら 
一度だけ 猫の声で鳴いて
  あとは石ころのように 
    そのままだった 



自由詩 ジンクスが死んだ朝 Copyright ただのみきや 2012-02-19 21:23:14
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