春のタクシー
nonya
取るに足らない枯木に
カシミア混の古いコートを着せて
目抜き通りのほとりで
タクシーを拾おうとしていた
通り過ぎていくのは
回送の名札を得意気につけた
ハイブリッドな北風ばかり
手袋をなくした枝先が凍りつく
入射角35度の陽射しが
ためらいがちに背中をさすっても
コートの中の口下手な枯木は
芽吹く気配すらないけれど
車道に投げ出された影は
辛辣な風に何度も轢かれながらも
暖かな季節の予感に
控え目に揺らいでしまう
タクシーは相変わらず捕まらない
言の葉を散らせてしまった枯木の前で
ドアを開けてくれるタクシーなど
あるはずもないけれど
待つ
それでも待つ
干乾びた幹の奥でせり上がる
微かな水音を聞きながら
待つ
ひたすら待つ
縮み上がった根っこの先端が
僅かに和らぐのを感じながら
待つ
待ちながら焦がれる
季節の最後尾を見極めようと
殊更に目を凝らしながら
やがて
埃と水蒸気を撒き上げて
春のタクシーがやって来る頃には
コートを脱ぎ捨てた枯木は
たくさんの幼い言の葉を
抱えていることだろう
そして
タクシーを拾うことも忘れて
人懐っこい風を歌い
お転婆な光を笑い
柔らかな痛みをまとった空を
見上げていることだろう