黒い海
真山義一郎

まだ幼い頃
家族で夜の海へ
泳ぎに出たのだろう
若い夏草のような
家族で
私は玩具のように
小さな浅黒い生き物
だった

海もまた
生き物だと
生々しく感じたのも
それが初めてだった
のかもしれない

地面から
ごご、と
鳴る波は
月明かりに照らされた
浜辺だけが
この世のすべてではなく
ずっと奥の
闇へ
連綿と
繋がっていることが
地球儀の上だけの
夢想ではないと
誰かが言い聞かせるように
静かだった

父や兄ちゃんたちは
酒も入っているのか愉しげに
黒い海へと入っていくのだが
一人一人と
海へ呑まれっきりの気がして
しかし、海辺では母が
より玩具じみた弟を
海に浸からせて
私の不安の振り子は
遊ばせていてあやふやなまま
揺れているのだった

そのうちに
ぽかり ぽかり
父や兄ちゃんたちの笑顔が
黒い海に浮かんだ


ずっと後になって
兄ちゃんの命は
我々、家族の掌から
零れ落ちていった

一滴の死は
大きく大きく波紋を広げる

死んではいけない
誰も
この世界で役割を終えるまでは

というのは
ちっぽけな人間の
儚く幼稚な
願いなのだろうか

波に呑まれかけて
そんなこと言えた
義理ではないことは
重々わかってはいるが


歯を噛みしめて
目を覚ました
悔しくて悔しくてたまらない
そんな夢を
見ていたようなのだ

それは涙だっただろうか
それとも血だったのか
指につけて
舐めると
やはり、食卓塩のように
残酷にからいのだ

深夜と戯れるように
コーヒーを飲みながら
あの黒い海を思い出すと
やわらかな
和解が訪れる日も
いつか
きっと
来る
そんな気も
するのだった

いや、
その日はもう
訪れているのかもしれない

小さく呟いてみた





自由詩 黒い海 Copyright 真山義一郎 2012-02-17 17:45:22縦
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