ディーヴァ(歌姫)
そらの珊瑚

ジミ・ヘンドリックスは「死んだら一生安泰だな」と言ったそうだが
私が彼を知ったのは
とうに伝説の人になってからだった。

ホイットニーヒューストンの歌をよく聴いていたのは
たぶん三度目の恋にうつつをぬかしている最中で
彼のおんぼろ車(時々故障ランプが点滅した)の中の定番のBGMだった。

久しぶりに聴いた彼女が唄う「I have nothing」は
あの頃の手に余るほどの若さと、無知と、自意識の塊だった私を
今でも連れてきてくれて
どこか気恥しい。

彼女は唄う。
私には何もないと。
あなた以外には、何もないと。
私も思っていた。
あなた以外には、何もないと。
あの頃、あの恋に終わりが来るなんて
知ってはいなかった。

けれど恋は、どんなに真摯な恋にも、終わりは来るものだ。
そして何もなくなっても
それは終わりではなく
またストーリーは始まる
生きていれば彼女も
別のストーリーがあったはずなのに
とても残念。

人はもともと何も持たずに裸で生まれ
いろいろなものを拾いながら人生を歩く。
彼女もたくさんの素晴らしいものを得て
だからこそ
「I have nothing」の悪夢に怯えていたのではないかと思う。
結局人は何も持たずに生まれてきたように死んでいく。

素晴らしかった美声はみるかげもなくと
アルコールとドラッグに溺れた無残な最期だと
どうか悪く言わないで。
彼女は同じ時代を生きたディーヴァだったから。
手に余るほどの若さと自信と希望にあふれた歌声を
一番輝いていた時代の歌声を
私はこれからも忘れないでいたいと思う。

「I have nothing」は悪夢ではなく、人の真実の姿なのかもしれない。

2012年2月12日、彼女もまた伝説になった。




自由詩 ディーヴァ(歌姫) Copyright そらの珊瑚 2012-02-16 08:19:34
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