【 暗渠 】
泡沫恋歌

地下に埋設された暗渠の中には
一条の光も届かない
真っ暗闇の水路を
とうとうと水は流れていく

行くあても知らず
後ろから後ろから 押しだされて
暗渠の中を盲目的に進む水
ここから抜けだしたいと
水は叫ぶ
もっと光をください!

その暗渠は
かつては町を流れる小川であった

春になれば
川べりに植えられた桜の枝が散らす
薄桃色の花びらを浮かべて
ゆるやか流れていた

夏がくると
灼熱の太陽がギラギラ眩しい
水遊びをする子どもたちの歓声が聴こえ
小さな足と無邪気に戯れる

秋がくれば
幸せそうに肩を寄せ合う恋人たちが
川面にそっと笹舟を浮かべて
自分たちの行く末を占っていた

冬になると
鉛色の天上から降ってくる
雪の妖精たちが優しく愛撫して
水の中に静かに溶けていった

小川にはメダカやタニシ
そんなものたちが
流れの中に息づいていたのだ

いつの間にか
地下に埋葬された小さな川
人々が歩く生活道路の下を
水が流れていることなんて
とっくの昔に忘れ去られていた

地上の汚物を呑み込んで
地下に押し流してくれている
暗渠の存在に誰も感謝などしない

反駁する余地もなく
卑しめられた暗渠の黒い水
それでも 閉塞した世界から
早く抜けだしたいと
光を求めて 求めて
水路の中を流れて行く
やがて海へと押しだされた水
結局 そこしか出口がないのだ

光りが見えた瞬間に
暗渠の水は海水に交じった
それは解放ではなく
「融合」という名の消滅だった――



自由詩 【 暗渠 】 Copyright 泡沫恋歌 2012-02-16 07:37:30
notebook Home 戻る