草野春心



  赤茶けた数艘の漁船が
  死んだように泊まっている
  コンクリートでできた堅い半島は
  港と呼ばれる寂しい場所だ
  秋の空の蒼い果てで
  透明な名も無き巨人が
  白雲の煙草を喫っているのを
  午後の海は映しもせずに
  暗く妖しく波打つだけ



  路傍にうずくまる子供によく似た
  頑是ない姿勢で動きを止めた
  旅立つ船の無い港
  手を振る者の嘆きは響かず
  迎える笑みのはためきも
  今は虚しい風に流れて
  それなのに此処に立っていると
  塩辛く湿った吐息が
  ふっと頬を温めるから
  誰かと差し向いに話しているようで



  ――遠い日の朝
  未だ、寝間着姿のままで
  愛する人の描いた一本の視線が
  今、この港に辿り着いたのか
  それは彼方から僕を真っ直ぐ見つめ
  鮮やかに心臓を射抜く
  此処に立っていると
  青空と海の溶け合う辺りに
  忘れられた視線が幾つも交わる
  その場所に向かって
  僕もまた新しい視線を描き
  紙飛行機を飛ばすように
  真っ直ぐに贈ってみる





自由詩Copyright 草野春心 2012-02-10 17:43:57
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