pendius
mizunomadoka
「ううん、きてくれてありがとう」
そういって僕は紅茶を注いだ。
「熱いから気をつけて」
「ありがとう」
再び静寂が訪れて、紅茶の香りが強くなる。
風の音がきこえる。カタカタと揺れる窓。雨の影。
彼女はカップを見つめている。
ストーブの微かな光だけで不安定に揺れる彼女が
今にも消えてしまいそうで、僕は火を強めた。
夜は明けなかった。時計を見ると一時半のままだった。
「ねえ」
「なに?」
「時計がとまってる。それに時間も流れてないみたい」
「知ってる。私の時計もとまってるから。
それに雨と風も同じ所をくり返してるみたい」
「それで外を見てたの?」
「ううん。ほら、目を閉じて耳をすましてみて?
テープみたいにくり返してるから」
そう言って彼女は目を閉じる。僕も目を閉じた。
「学校へ行ってみましょう?」
窓から外へ出ると、想像していたよりもずっと雨も風も強かった。
頬に当たる雨が痛くて満足に目を開けることもできない。
僕はフードを深く被って、足元だけを見て歩いた。
彼女がいないような気がして手を伸ばすと、コートの裾に触れた。
正門は閉じられていた。けれど通用門が開いていた。
僕は小さな門をくぐり抜け、校庭を突っ切って校舎に走った。
校舎の扉には鍵がかかっていたけれど、
大きく張り出した屋根と校舎が雨と風を防いでくれた。
彼女はしばらく呼吸を整えてから、
「ここで待ってて」と言い残して校舎沿いに走っていった。
彼女の影は夜と嵐であっという間に見えなくなった。
アーネット。
廊下の向こうでガラスの割れたような音がした。
戻ろうとすると、ペンジアスが僕の腕をつかんだ。
「あの人は嘘吐きなんかじゃない。僕らはあの人の思いやりを
確実に仕舞わなくちゃならない。だから戻っては駄目だ」
意味が分からず梯子から空を見上げると、
小さな白い石が暗黒に飲み込まれてゆくのが見えた。
僕は梯子から飛び降りた。
風が僕を暗黒に運び、僕は白い石に指先で触れた。
触れるとそれはアーネットになった。
僕は彼女のからだを抱きかかえて、暗黒に落ちていった。
窓の外に彼女が立っている。
「びしょ濡れじゃないか。はやく入りなよ」
「投げる石を探していたのよ」