逃避における錯乱
Ohatu
始めから、カップは空だったのだ。
ゆらゆらと天井から吊らされた裸電球にまとわりつく湯気は
確かにそこにあったけれど。
暗い部屋、何度も叫び、黙る、その、錯乱。
底なしに、女である。
すべてを剥ぎ取ったあとの、つまらない、ただの女。
膨らみと、窪み。穴と、器。
随分と沈黙が続き、湯気が、湿った煙草の紫煙に化ける。
暗い部屋の中、揺れる電球が時計に化ける。
無口な時計、確かに動いているのだ。
女は満たされる、ひとりだけ、ひとりきりで。
繰り返す。完全に終わり、偶然に始まる。
ただの肉、あるいは、美しい空白。
液体。におい。声。息。音。憎しみ。激しさ。殺意。報復。
狭い部屋はすぐに埋まり、愛の居場所など無い。
女は詩人であるという。
つまらない朗読が趣味であるという。肉も揺らさず、嘘を吐く。
バイトをしているといい、父親は、見合いを勧めるのだという。
思想なんかは無いのだといい、先生に犯されたという。
生きていてもいい理由を探すために、生きているのだという。
女。
内燃しない永久機関、ないしは、亡霊。
往復運動。
いつの間にか満たされたカップ。
泳ぐには狭く、溺れるには深いのだ。