おじさんは笑ってた
板谷みきょう

これからの時代は
中卒だけでは
仕事に就けないと
頑固で怖かった親父に諭され
反抗することもできず
集団就職の夢を
敢え無く断念した

フォークシンガーになったのは
世の中に拗ねてたことと
普通にいるのが
身悶えするくらい
気恥ずかしかったからだった

中学を卒業する頃は
高度経済成長の時期で
集団就職で東京に行こうと
山森君と二人で話し合っていたのに

進学組みと就職組みに
分けられた気まずい教室で
結局
山森君だけが
上京することになった

ウディ・ガスリーの歌を聴いて
ホーボーに憧れたはずが
本当にお金が無くなると
空腹に駅の構内で
何時間もしゃがみ込んだまま
何もしないで過ごしていた

そこで知り合ったホームレスのおじさんが
美味しいカツが食べれる所に誘ってくれた

繁華街のビルの隙間を潜り抜けて
大きくて青いポリバケツの蓋を開ける

残飯を漁りながら おじさんは
中程まで手を入れて
ここのが美味いぞぉーと言い
取り出した衣の取れかけた肉片を
口にした

遠慮するな。食ってみろよ。
食べながら
おじさんは勧めてくれるのだが
何処の誰かも知らない人の
食べ残しを漁る屈辱は拭い切れない

それでも空腹から
バケツの上の方に有るカツを取り
口に入れた
べちょべちょして気持ち悪かった

おじさんは言った
兄ちゃん
一番上の残飯ってのはな
中のバケツじゃ
底にあったもんだから一番古いもんだ
投げる時には、逆さになるんだよ
そんなもんが美味い訳ねぇじゃねぇか
もっと中を漁って乾いたのを探して食え

ポリバケツをごそごそ漁りまくり
恥ずかしさも無くなった頃に
乾いたカツをいくつか見付けて
寒空の下で
ボクは泣きながら食べていた



自由詩 おじさんは笑ってた Copyright 板谷みきょう 2012-02-06 00:25:45
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