時計
寒雪
急ぎ足でビルの谷間を行く
追い立てられる日常は
否応なくぼくの背後から
くたびれた背広の似合わないぼくを
気付かれないようにそっと押す
よろめきそうになりながら
目の端ににじんだ夕陽の棘
痛みにこぼした涙は
あの日立ち上る煙を見た時に
流したそれと似ているようで
ぼくときみはその日駅のホームで別れた
去り際に手を挙げて
じゃ、また
と微笑むきみの笑顔
ああ、また
と言葉を返すぼくを
笑みを消さないまま
振り返ってそのまま
ごったがえす乗客でいっぱいの雑踏の中に
やがて吸い込まれて消えていったきみ
その時
確かに心の奥底で
ぼくときみの時計は
明日に向かって新たな時を作り出していた
時計の針はいつまでも回り続けている
そう思っていた
早朝にぼくの眠りを破った
携帯電話の着メロ
電話の向こうから聞こえてくる言葉は
ラジオのノイズみたいで
いつまでもぼくの脳味噌に意味を与えてくれなくて
ぼくの時計と同じように
今日も動いていたはずの
きみの時計は明日を刻まずに
永遠に針の位置を変えないまま
止まってしまったきみの時計は
どこに流れていくのだろう
立ち上る煙と交わる雲を
見ていた瞳が次第ににじんでいったのは
たぶんぼくのせいじゃないと思う