石狩海岸の海水浴場の思い出
板谷みきょう

泳げなかった
けれども
病院の先輩に誘われ
三人で行った

一頻、海に入ったりした後
浜辺で各々、勝手に休んでいたら
浜辺が騒がしくざわついている

海で溺れた人が出たのだ

状況を知ると先輩は
脱兎の如く駆け出した

一人は119番通報をしに
公衆電話ボックスへ向かい
ボクは
大急ぎで先輩について行った

溺れた人を水際に引き上げ
先輩は
自分たちが看護師であることを告げ
医療関係者が居ないか
大声で聞きながら
「板谷!蘇生!」
と言った

唇の色も無くして
息もしていない男は
胸骨圧迫で水を吐き出した
人工呼吸の必要を感じたが
泡状の唾液や食物残渣、海水で
口の周りが汚れてる

先輩は
すぐさま掌で口を拭って
マウス・トゥ・マウスを始めた

救急車が浜辺に到着し
運ばれた後、先輩は一言
「何で躊躇った?」
一瞬ひるんだことがばれてて
その一瞬で生死が別れること
命を巡る決断は
迷わず行えと叱られた

その先輩は
四十台で癌で死んだ

あの時、四十歳は
爺さんだと思っていた

AEDなんてまだ無かった頃


自由詩 石狩海岸の海水浴場の思い出 Copyright 板谷みきょう 2012-02-03 22:46:26
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