チチハルからの渡り鳥
そらの珊瑚

なんのために
歩くのか
それが死への行進であっても
もはや
退くこともできず
ただ祖國の土を踏むことだけを
夢見て
凍土を踏みしめて行く
泣く力はとうになく
乳さえ吸う力もない
赤子は
三日後に
背中で冷たくなっていた
墓を作ってあげようにも
凍りついた大地はそれを拒み
無理やりにも
爪を立てれば
赤い血がほとばしる
母乳は白い血液だ
ならば
この指から吹き出る赤い血は
母乳である
せめてもの
野辺の送りに
一滴残らず搾り取り
固くなっていく赤子の上に
置いてきたかったのだけれど

チチハルに
白鳥の棲む湿原があるという
毎年
越冬するために
日本海をはるばる越え
日本に渡ってやってくるらしい

祖國の土を踏むことは
叶ったが
一生かけても
終わらない悲しみは
厳寒の地の氷のように
女の胸で溶けることはないのだろう
故郷の地で老婆となった女は
ひとり
今年も白鳥の飛来だけを心待ちにしているのだ

なんのために歩くのか
なんのために歩いてきたのか


自由詩 チチハルからの渡り鳥 Copyright そらの珊瑚 2012-02-02 09:32:44
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