雨、レモン、モーツァルト
イリヤ

置忘れたチェロのように
湿気た香気を曳きづり
レモンの輪切りに一瞬、鮮明になる
あなたの狂気ほどの余韻
そのなかに
モーツァルトのタクトが
華奢な骨格に納められる
青白い石膏のくちびるからは
松脂のよだれと、
近代への重い皮肉
がりりと酸い正常を取り戻したあなたの
瞳の色はひとしれず青くなり
刹那の逢瀬の晴明ささえ
頑なに拒もうとしない。
窓を叩くのは雨
無音のレコードは焦げ
樹脂の凝りとともに拡げられる体
レモンに色づいた精神は
夢のようなレガートで消失にむかう
さわやかな失神のなかの雨を
音楽が欲望している。
神経を濡らす酸い雨を
音楽はただ欲望している。


自由詩 雨、レモン、モーツァルト Copyright イリヤ 2012-01-30 10:39:23
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