みぎみみ
灰泥軽茶

ある寒い朝雑木林を歩いていると
桃色の温もりがありそうな耳が一つ落ちていた
自分の耳じゃなかろうかと
両手でそれぞれ触ると
ぽろりぽろりと落ちてしまった

あれれこれはいかんぞとすばやく手にとると
右耳が二つ
はてどちらがどちらやらわからず
耳たぶの感触を確かめてみてもわからず
とりあえず一つつけてみて
もう一つはポケットに入れ持ち帰った

しばらくはなんともなく過ごしていたが
ある日電車から降りて改札口を通ろうとしたところ
 
ティン ティリ 
ティリン ティン
ティリ ティリ 
ティリン ティン

右耳奥の方から
なにやらおもちゃの鉄琴のような音が聴こえてきて
あれれ新しい改札機の音かなと思ったが
それから時折りなにかの拍子に
缶コーヒーのプルトップをあけた時や
自転車のベルを鳴らした時
お財布の小銭がちょうどなくなった時など
鳴るようになり
二、三日に一回程度のことだった

思いがけずなにかの拍子に
どこかで聴いたことがあるような
楽しげで柔らかいメロディが流れるので
自然と笑みがこぼれてしまい
今日はどこで鳴るのかわくわくし
ここで鳴るのかとうきうきする毎日が続いていた

もうひとつの右耳のことは
ポケットに入れたまますっかり忘れており
そういればあの右耳はどうしたかなと
ポケットをまさぐり出してみると
透明色に輝くカタツムリの殻があった

あの日の朝は
あんなに寒かったのだから
幻覚を見たのに違いないと
自分を納得させようとしたところ
なにやらかたつむりの殻から
かわいらしい聴き慣れたメロディが聴こえてきたので
そぅっと耳を近づけてみると

ティン ティリ 
ティリン ティン
ティリ ティリ 
ティリン ティン

と、いつものおもちゃの鉄琴のメロディが聴こえてきた

あぁなんて懐かしいんだ
そういえばちっちゃい頃
おもちゃの鉄琴を
夢中で叩いていたことを思い出し
小学生の頃にはもう
カラフルな塗装も剥げて歯抜け状態で
押入れの奥にあり
いつのまにか捨てられてなくなったことにも
気づかないでいたことを思い出した

それからなにかの拍子に
おもちゃの鉄琴のメロディは聴こえてこなくなったが
かたつむりの殻からはいつでもいつまでも続く
楽しげで柔らかいメロディが聴こえてくるので
綿を敷きつめた木の箱に入れ
家に大事にしまい宝物にし
気持ちが落ち込んだ時などは
そぅっと耳を傾け目を閉じ
遠く忘れてしまった懐かしい頃を思い出す
















自由詩 みぎみみ Copyright 灰泥軽茶 2012-01-30 03:33:45
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