夢の中の硝煙の臭いが、ときどき鼻をつくことがある
ホロウ・シカエルボク







世界がきみを見放したと感じるときは
甘いカフェオレを飲んで横になっているといいよ
だれもそんな気分に風穴など開けられやしない
きみは自分が紙かなにかで出来た人形みたいに感じている
寒波が来て、あたたかい地方にも少し雪が降って
かじかんだ指先では長い詩を書くことなんてとても出来ない
なんの意味もない落書きになったような気がする
世界がきみを見放したと感じるときには
あのさ、難しいことじゃないんだ
とくになにも難しく考えることなんかない
通り雨の中にいるみたいだとか思っていればいいんだ
乱れるときはそんなに長くは続かないものなのさ
記してきたことはすべて忘れて
紙かなにかで出来た人形の真似をしていればいいのさ
明日も温度は下がったままらしいから
少なくとも雨が降ることだけはないよ
世界がきみを見放したと感じるときには
見放された気分を泳がせとけばいいのさ
そいつが、魚みたいに天井を泳ぐのを、ずっと
空が明るくなるまで見つめていればいい
世界がきみを見放したと感じるときは
世界がきみを見放したと感じるときには




きみは夢の中で
ずっしりと重いリボルバーに弾丸を込める
こめかみに当てて
バーンと、引鉄をひく
飛び散るきみの脳漿、洒落たフランス料理の皿の余白に垂らすソースのように
安っぽい白いクロスの壁に
群生した花の模様を描く
時々そうやって死んで見せてくれるきみに似ただれかに
きみはいつも四割ばかり不思議な安堵を覚える
肉体は感情よりもずっと速くずっしりと死んでいく
肉体が長引いては
留まれるかもしれないとたましいに思わせてしまうことになるからだ
肉体は感情よりもずっと速く確かにずっしりと死んでいく
色を失うのは分かりやすくするためさ
ああ、きみの夢
きみの夢のこめかみが発射の熱で焦げてる、そのススが
隠し続けた涙でしっとりと濡れている
分かるかい、かなしみは長く閉じ込めていても
古くなったりすることはたぶんないんだ
きみは目覚めたときにこう思うはずさ
(なんだ、あれは夢に過ぎなかったのか)なんて
きみの中枢を
絶対的なものが破壊してくれることなんかないんだ、なんて




日付変更線が近づいてくると、むかし綴った大して意味のない言葉のことを思い出す
車に跳ね飛ばされて死んだ猫がネオンに当たるみたいにそれは光っているんだ
そしてきみはそれを何と呼べばいいのか分からない、その光景には
生きていることにも死んでいることにも
同等の力を持って働きかけてくるからだ
せめて生温い血が路面にでも流れていれば…だけどそれは出来事としてもう随分と前のことなんだ
ねえ、きみのポケットの中でジャラジャラいってたあの膨大な量の弾丸は
なにかの拍子に全弾撃ちつくしてしまったのか?
それともどこかの安ホテルの、ベッドのわきにでも落としてきてしまったのか?
あの、赤い表紙の聖書のわきにさ




だから夢を見る
だから夢を見る
だから夢を見る
だから夢を見るんだ
ずっしりと重い、リボルバーに、弾丸を込め
こめかみに当て、引鉄をひき、ずっしりと死に、クロスを汚し…
その夢にはきっと続きがあるはずだろう
その夢にはきっと続きがあるはずなのさ
きみは顔を洗って、余計な髭を全部落として
清潔な服に着替えてからそのあとのことを目にするのさ
そのあとで起こるすべてのことをその目でしっかりと目撃するんだ
きみは大人だから
そういう傷つき方がお手の物なのさ
そしていつのまにかべっとりと汚れていた自分の両手に気付いて
喉に手を突っ込みながら無言の絶叫をするんだ
ねえ、きみの運命というやつが
汚物のように渦を巻きながら下水管へと流れていく
それを見下ろしながらきみは何を思うだろう
どんなふうにつくろえばそのことを恥ずかしいと思わなくて済むのか
そんな風なことを考えるかもしれない
そして
小さな窓から空を眺めながら
世界が君を見放したと感じていることについていくつかのフレーズを頭の中に覚書きするんだ
ねえ
今夜も寒いみたいだから
きっと







月は綺麗だよ






自由詩 夢の中の硝煙の臭いが、ときどき鼻をつくことがある Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-01-25 22:31:12
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