セイルモウル
藤原有絵

巨大なショッピングモウルには
きらびやかな自由時間が陳列されていて
選んでいる間は 人生一時停止
「ごゆっくりお愉しみください」
アナウンスがスロウメロディに混ざって流れてくれて
何だか安心するのです

十日間北欧遺跡を巡る空の旅から
三年間気ままな独り郊外暮らし
日帰り古都巡り
お手軽二時間ホテルビュッフェ

時間の使い方が叩き売り

お買い得なうち
生き急ぐ算段立てましょう
所持金、時間 全部余すことなく
完璧な人生設計描きましょう
スマートに過ごしましょう

*無料コーナ
一時間半図書館回遊
往復五時間自転車散策
ちょっとそこまで 十七分公園行きの奨め

けれどご注意
タダより怖いものはなく
もれなく胃が捩れるほどの
淋しさがついてきますが?

愉しい事だけ
一人分
沢山カートに入りますが
何か足らない
それは贅沢
不満があるなら
ワンクリックでカートは空になれる

気分が乗れば勢いで
カートは夢のように埋まります

いつだってそうでしょう

一人分 行ける場所
一人分 使う時間
そこには確かな満足が在る
知っているのに

レジに進むと
こざっぱりした男の子が
丁寧に笑いながら最終確認

きっと夢のように
充実した時間が過ぎるでしょう
人生一度きり返品は致しかねますが
よろしいでしょうか

此処を進んだら
後戻りは出来ません

カートを空にするも
選択内容を確認するも
此処までです

後悔は
しない

言えるかしら

その目は懐かくも寡黙に
案じているような揺れ方で
スロウメロディより安全な何か

口をつぐんでしまう
それでも「会計を」と
言う事が出来ない

となりのレジでは
ざかざかと颯爽と
会計を済ませる人たち

責任を持つことと
思い切ること
諦めることの境界線が
曖昧になっていく

夕方のセイルモウル
青空の天蓋の下で
保留にしたい小さな気持ちが
財布の奥でジャラリと鳴った




自由詩 セイルモウル Copyright 藤原有絵 2012-01-25 14:26:07
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