シーズナル・フィロソフィ
桐原 真
秒針が地球儀のようなものを一周すると、
あなたは
いたずらに、ひとりごとを歌った
残像になった月曜日を憂うよりはやく、
空は、当たり前のように青みを誘って
駆け抜けてしまった
*
目が覚めるといつも
ちいさな檸檬が、床に佇んでいるよう
(フローリング
つつましい冷温
のびやかな憧憬
でも、西へと霞む朝日の儚さの方が)
昨日の面影はない
昨日や明日の概念がない日だまり
日の出と日没という永遠のなかで
わたしは
ちいさくちいさく、ひとりごとを歌う
*
平然と、
ひとりごとを一緒に歌った日々は
空白の日付となって
最果てまで流れていった
それはまるで、
あまい微睡みのように軽やかで
そうか、
ここは通過点だったのだと気付く
今年の夏は
きっと融けてしまうような日射しで、
うつくしい陽炎とともに
近似という永遠のようなものになるのだろう
夏の行列が遠くまでのびているので、
いつまでも
さよならを言えない
(片手で弾いたラジオから、
かつて世界のものだった音が
流れています)
夢はいつか醒めて
現実もまた、いつかは醒める
*
爪先で地球儀を蹴飛ばす、水曜日
分かったようなふりと
分からなかったようなふりが、上手なあなたが
秒針が回りきらないうちに、
どこかで笑っている
優しいひとりごとを
歌うようにして