午前八時三十五分恋に落ちて
そらの珊瑚

線路の上を
ただひたすらに走る毎日は
それが
仕事とはいえ
時につまらないものに
見えてきます

そんな時でした
あなたに出会ったのは

午前八時三十五分
あなたは向こうから
やってきます
マリンブルーを身に纏い
あたかもそれは
湘南の海を
潮風を
想像させて
いかにも爽やかな
面持ちです

私は
京浜東北線
あなたは
横須賀線

ふたりが近づき
触れ合うのは
ほんのひとときですが
その瞬間
窓硝子がしびれたように
びりりといいました
ああ、
恋って
こんなに
心震えるものかと
思ったのでした

私は
生来臆病な たちなので
道を踏み外して
あなたと共に生きていくことなど
これからも到底できないでしょうが
窓硝子が
びりりと震え
透明な空気が電気を帯びて共鳴した
あの奇跡のような
瞬間を
今でも 密やかに
思い出すことで
幸せな気持ちになるのです

紛れもなく
それは
恋でありました

春になったら
高架線沿いに
ソメイヨシノが咲くことでしょう
散り始めたら
その花びらを
髪にさして逢いにゆきます
午前八時三十五分
あなたに
それを贈るために

また今日も
決まった道を走ります
ささやかな恋ではあるけれど
それは私の背中をそっと押してくれる
大切なものとなりました




自由詩 午前八時三十五分恋に落ちて Copyright そらの珊瑚 2012-01-16 11:05:59
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