ずぅっと前のエピソード
板谷みきょう

市民会館でライブ終了後
仲間と共に裏口から正面に回った時に
もう、すっかり暗い中で
玄関から最後に出てきた観客は
車椅子の若い女性でした

コンクリートとアスファルトのなかで
数メートル先の段差に気付かず、
前のめりに転倒し
車椅子から落ちてしまったのでした

それを目撃したボクは
脱兎の如くに掛けより
助け起こそうと抱きかかえ
車椅子へ乗せようとしました

しかし
女性の両上肢の
不随意運動の激しいこと

無事に車椅子に乗車した後
仲間達が駆け寄り
「楽器や衣装ケースを
その場で落したと思ったら
もう車椅子から
転げ落ちた人の元に居た。」と
笑いながら、話し掛けてきた

その後に解ったのは
構音・言語障害のなかで
語られた彼女の言葉からでした

「わたしが車椅子から
転げ落ちたら
知らない男の人が
私に
抱き付いて来たので
恐ろしかった。」

介助に慣れてると云う
仲間の一人が

「どんな時にも
まず一言、声を掛けて
それから
手伝いが必要ですかと
尋ねるのが常識ですよ。
いきなり
何も言わずに抱き起こそうと
手を出したら
それこそ
どさくさに紛れたセクハラ
じゃないですか。」

そ、そうなのか

ボクは
その車椅子の若い女性に
謝りながらも
とっても複雑な思いを抱いて
複雑な表情を
浮かべていたはずだった

街頭の明りが灯る暗闇で
影だけしか
見えなくなっているけれども


自由詩 ずぅっと前のエピソード Copyright 板谷みきょう 2012-01-16 01:49:59
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