死期に近づく夜
ホロウ・シカエルボク
死期に近づく夜がある、のさばって、蔓のように
暗闇に絡まるわが身を夢想しながら
古い漆喰の壁がこぼれる音を耳にするような夜が
チェコスロバキアで小型旅客機が墜落して日本人旅行者が何人か死亡したと
夢の中のテレビでニュースが告げていた、彼らの棺からはきっとオイルの臭いがするだろう、これは決して悪意などではない、第一実際には誰も死んでなどいないのだ、もちろんチェコで飛行機の墜落によってということだが
飛行機の中で墜ちていくことや、海の中で体内の酸素を無くしていくことや、集中治療室で蘇生を試みられながら薄れていくことや、あるいは刺されたり、絞められたりして、死んでいくとき
人の心の中にある思いは、どんな形をしているのだろう
紫陽花に似ている花が散歩道に咲いていた、あれはなんという花だろう、こんな季節に花弁を広げることは、あいつにとってどんな意味があるのだろう
明日にも凍てつき、強い風に砕かれて散らばるだけかもしれないのに
そんな死の中に繋がる命はあるのかね、その成り立ちを俺に耳打ちしてみてくれないか、せめてそこにユーモアのひとつでも見つけることは出来るかね
深夜を徘徊するパトロールカーが迂闊な誰かに静かに話しかけている、「左へ寄せて止めてください」と
コンサート・ホールの反響のような効果を夜の空気は知っている
持っているものをすべて失ったような気がする時のある夜、それはいつか遠い日の記憶が、初めてのように鎌首をもたげるせいだろうか、誰だっていつだって初めての中を生きているはずなのだ
マウスによる遺伝子の実験のエピソードを思い出す、分かれ道の片方にだけ電流を流したセットの中を何度も歩かせると、何代目かで電流の流れる方へ歩いていくマウスはいなくなるという話
殺されたりねじ曲げられたりする為だけに、生まれ育てられるものたちがいる、それは注文すれば空輸などでやってくるのだ、遺伝子的に
むげに死ぬことを教え込まれてきたものたち
死期に近づく夜がある、死期に近づく夜がある、絞り出した鼻歌はかすれていた
ロックミュージックが部屋で反響している