布讃歌
そらの珊瑚
前世はおむつでした
その前は
朝顔を咲かせた藍染の浴衣でした
かすかに覚えているのです
あなたと
一緒に
縁側で線香花火をしましたね
華々しく燃えたあと
ぽたりと火種は落ちて
この世に
これほど美しい命があったのかと
心がふるえたのを
覚えています
あなたのそのふくよかな乳房を
包んだとき
そこに ほのかな愛が生まれたことを
私も密かに知っていました
そのうち
あなたは母となりました
私は糸をほどかれて
おむつになりました
傷つきやすい
水蜜桃のような赤ちゃんのおしりを
包むたび
優しい気持ちになったものです
排泄物を人は汚いと言いますが
そうではありません
そこにあるのは
命を証明するものなのです
だから私はそれらを
受け止めて
ありがとう と言いました
おむつの役割を終えて
私は
雑巾になりました
赤ちゃんはいつのまにか小学生になり
私を学校へ連れていきました
もうこの家に帰ってくることも
ないだろうと思うと
少し悲しくなりましたが
最後に
あなたが雑巾に生まれ変わらせてくれたことに
心から感謝しています
学校で
私は子供らが勉強する机を拭き
窓ガラスを拭き
床を拭き
とことん汚れを身に付けて
ドブネズミ色のぼろ雑巾になりました
心には
いまだあの朝顔が咲いているのを
誰も知ってはいないでしょう
泣かなくてもいいのです
涙は拭いてあげられないけれど
こぼしてしまった牛乳は
私が拭いてあげますから
誰にも失敗はあるものです
子供の失敗は失敗と呼びません
大人だって失敗はするものです
人が生きていくということは
周囲を汚し
失敗を重ねていくということです
ひとつも臆することはないのです
昔でしたら
土壁のなかで
補強材にでも
してもらえたそうですが
今、そのような家は
もうないそうですね
残念といえば残念です
そろそろ
命が終わりに近づいてきたようです
花火のように美しくはないですが
いい人生だったと思います
来世でも
一枚の布になりたいと願います
誰かの役に立ち続け
最期はぼろに成り果てて
そんな人生があっても
いいではないですか
そんな物語が
あってもいいではないですか