彼の名残り
HAL


ひとはいつ自分の間違いに気づくのだろう
だれかが去っていってしまったときなのか
深夜に目醒め眠れぬ夜を過ごすときなのか
満員電車で家畜の様だと想ったときなのか

あなたはそれに気づいたことはないか
自分は間違えてないと信じているのか
ぼくの方がおかしいと感じてしまうか

どうせ考えても遣り直しは利かないのに
時計は逆には廻らないと知らぬ馬鹿だと
徒労を為して何になるかとぼくを詰るか

友には長く一緒に歩いてきた連れ合いがいる
連れ合いを亡くした友にも愛娘が一緒にいる

ぼくは一度も結婚することもなく
六十歳を越えたひとを知っている

ある日ぼくを訪ねて事務所の近くで珈琲を飲んだ
でもそのときの彼を見てぼくは自分の眼を疑った
彼はまるで別人かのように一気に年を老いていた
そしてそれからすぐ彼は遺書も残さず首を吊った

淋しそうには感じなかった
辛いとは口にもしなかった
でも一本の電話すらもなく
別れの言葉も残すことなく
彼は独りでこの世を去った

彼はいつ自分の間違いに気づいたんだろう
ぼくが知っているのは大きな声で喋り笑い
好きな都はるみを歌うその歌声が彼の記憶
彼は間違いを打ち消そうと陽気だったのか

短い縁だったけどその縁は深いものだった
それなのに彼はぼくには何も残さす逝った

国はどれだけの間違いを起こしても懲りず
また自国の民の命を浪費していくのを忘れ
数多の悲しみを生むことを正義と叫ぶのに

彼の如く自裁することは決して有り得ない

しかしぼくにはそれらはどうでもいいこと
ぼくは彼の名残りのなかを漂流しつづける
ただただ都はるみを聴きながら漂っている

※作者より
とても残念ですが実話です。僕には厳しい実話です。僕は音楽に何度も救われて生きてきましたが、聴くのが辛い楽曲も多くはありませんが存在します。それがひとつふえてしまいました。


自由詩 彼の名残り Copyright HAL 2012-01-14 22:32:25
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