今日はダレかと
竜門勇気
三本だけ
僕が折ってしまった
桜の枝
八歳と十二歳と十八の春
今日はダレかと
話す気なんかなかったんだ
一人で居たかったんだ
歩きながらでも
煙草は吸えたけど
歩くのに精一杯になりすぎてて
それどころじゃなかった
ダレかが遠くで叫んでいる
今日はダレかの話を聞く気はなかったんだ
会いに来たよ
お前の花びらを不思議に思っちまって
あの時はひどいことしたな
会いに来たよ
お前の花びらを部屋に持ち帰りたくて
あの時はひどいことしたな
会いに来たよ
お前の花びらがあんまり僕と違いすぎて
あの時はひどいことしたよな
弱いお前がこんな僕のせいで
枯れなくてよかった
岡山旭川河川敷には今年も
きっと無数の花びらが舞うんだろう
肘まで墨の入ったおっさんが
これ以上無く酸っぱいりんごを
それ以上無く甘い蜜で包んで
重たく湿った喧騒に腰を下ろすんだろう
岡山旭川河川敷には
今日はダレかとつるむ気はなかった
今日こそどこかでくたばる気だった
まぶたのうらあかい
今日はダレかと望んで離れる気だった
今日こそここらで終いにする気だった
よごれたこえとどかない
ここで桜と話してる
八歳と十二歳と十八歳と
二十九の僕は
そのそれぞれが決定的に違う証拠を探してる
成長のあかしを探してる
見つからないわけは明らかで
今僕は八歳と十二歳と十八歳の僕と
あまりにもかけ離れ過ぎてるってだけの話だ
自分の車を持ってる
もちろん免許も
行こうと思えばいける場所は増えた
僕がぼくを傷つけた話をしようか
すぐ終わるからさ
僕が覚えてる傷の話をしようか
なんでのうのうと今まで生きてこれたのか
答えてあげるからさ
恥知らずにはなったつもりだ
恥は諦めたよ
あんなもん気にしてたら世界中の木の枝に
ロープをぶら下げてまわるハメになる
今日はダレかといるつもりはなかった
今日はダレとも会わない場所に行くつもりだった
道に迷うつもりで知らない道に入っていった
八歳と十二歳と十八歳のぼくが桜の花びらでぼくを責めたてるまでは
望んで家から離れてった
家には温かい食事があって言葉があって
それで麻痺して罪を忘れてしまうんだ
そんな幻想に酔って無意味な苦行を求めてた
罪を探してるのが
誠実な生き方なんだと勘違いして
世界の中全てに自分の罪を見出そうとしていた
今日はダレかと
今日はダレかと
なんて気分じゃなかった