……とある蛙

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玄関扉を開け左壁面 家で一番大きな鏡がある。
その鏡は 不可能な空間ではないが、出入りする者の体全体を映すだけでなく、家全体を裏返す。

鏡の中に空間があるのだが、その空間に誰かが住んでいる訳も無くこちらから映像として見える空間は見慣れたものだ。

一番大きな鏡の中の空間はそこだけしか無いはずなのだから、自分がその鏡面の前に立った時だけその空間を認識できる。しかもそこで始まりそこで終わる空間である。

その日帰宅した自分はその鏡面の前に立ってみた。
その日の鏡の奥行きは
普段、見慣れた玄関のこちら側の現実より、わずかに広い空間が向こう側に広がっている。そんな気がする。しかし、空間の端が歪んでくすんだ色彩をしている。縁が丸みを帯びた下駄箱その上の花瓶がひしゃげて刺されている花が枯れている。

酒に酔っているのだろうか。

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洗面台にある鏡は玄関の鏡の次に大きな鏡だ、

この鏡は自分自身を裏返している。鏡面だけの存在ではなく背景の無い裏返しの自分がいる。

深夜洗面台の前に立つ。鏡の中の見慣れた自分の顔、姿は普段見慣れた顔、姿で何の疑いも無くあちらからこちらを覗いている。

自分が鏡を見ているはずなのだが、鏡面の中の自分がこちらを意識しながら眺めている。奴はあの中でしか生きられないはずなのだから、気にする必要は無いが。

鏡の中の奴は自分と全く同じ動きをしているはずなのだが、自分とまるで違うことを考えているように感じる。右と左の違いか?実際右左を入れ違えた表情が他人からどう映ずるかは分からない。確かに違うとその日か感じた。
いや、確かに奴は笑っている。

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顔を洗って洗面台から離れようとすると 鏡から何かが出てきて首を鷲掴みにされ、自分の意識はどこかに引き擂り込まれた。

それから ずっと自分は 奴が洗面台の前にくるのを待ち続けている。





自由詩Copyright ……とある蛙 2012-01-11 10:09:49
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