『彼女の日記』
背の高い鷲鼻の男は優しい目をしている。
願わくば夢から覚めてあの人の
心も身体も奪い去り、これ見よがしにお揃いの
ストラップなどを持ってきて、それを掲げて大行進。
夢を見ているわたくしは、つま先立ちで踊ります。
泣きたいの泣きたいの。
夢から覚めて現実が押し寄せてくるその合間
あの人の顔が浮かんだら、それで幸せ、それも幸せ。
けれどわたくし正体は、欲深い嘘つきで
あの人の目をまっすぐに見る事さえもかなわない。
夢の世界は真っ白で何もかもが美しい。
そんな世界に浸っては現(うつつ)を遠くに追いやって
思いのままにあの人と逃避行劇繰り返す。
ただしそれは少女の特権。
わたくし大人になったので夢の世界からもご用無し。
お払い箱です笑っちゃう。
いつまでも逃げてはゆけずかと言って
どこにも進めず立ち往生。
夢と現の間ではぬるま湯に浸った後の倦怠感。
脱力気味に顔を上げれば
蜃気楼でしょうかあの人が居たような。
あの人はまだわたくしの本当の気持ちは知らなくて
勇気がないだの怖いだの
臆病過ぎて近づけない。
けれども今日は違います。
わたくしついにあの人に告白しようと決めました。
しわを寄せては笑う声。
どんな鈴の音色より凛とし澄んで、わたくしの体の中に広がります。
「あなたが好きです」
それだけを言いたいのです。できるなら色よい返事が欲しいもの。
けれどあの人が口にした言葉は哀れな結末で。
「人間的に好き」
そう言われ喜べず、喜ぶべきと思うのに
何やら熱い雫がぽたり。
ああ、涙だね、涙だよ。
哀しいの?哀しいの。
嫌われてないだけ良いと自分自身
慰めてみる心境はやはりやはり複雑で
振られてもなお諦めがつかない未練に縛られて
またぞろ夢の奥深く逃げ込もうとしています。
けれどもそれは、そうそれは、少女たちだけの特権で
「大人」である事を強いられたわたくしはもう動けない。
思いのほかに、振られたと言う現実が重たくて
ちゃんと失恋したんだし、また違う道を歩みたいのに。
わたくしここから一歩も動けない。
足元の水たまり。ああ、わたくしの涙ですね。
いつの間に、顔が映るくらいの大きさで
覗いてみれば泣き腫らしたガチャピンのような
女が独り。
「ごめんね」
などとは言わないで。わたくしを憐れまないでいてください。
哀しいけれど、可哀想ではないのです。
あの人に出会った事全てわたくしの財産になり
焦げた心臓、深爪の指、短く切った髪の毛は
全部全部純粋な、あの人への想いなのです。
頭のてっぺんから足の先。あの人が望むものなら全部全部捧げます。
そんな覚悟であの人を見ていたけれどそれさえも
辛くなります涙が出ます。
さようならさようなら。
愛は止まないけれど。
このままずっと好きだけど。
ストラップお揃いで付けたかったななんて事
夢のまた夢さようなら。
空が空が青過ぎて哀しみに浸るわたくしには
美し過ぎます。眩し過ぎます。
足元の水たまり、凍ってしまって、わたくしいよいよ動けません。
けれども今はそのままで、どうかどうか割れないで。
凍ってしまった心臓は脆いものですコワレモノ。
取扱に注意して、雪解けなどを待ちましょう。
だから今は思い切り泣かせてください声を上げ。
ひとしきり泣いた後歩き始める覚悟です。
さようならさようなら。
優しくも残酷な人。
あなたを一生忘れません。