無情
砂木

紫色に染まった指では帰れない

道草をした通学道路 道沿いにある桑の実
よその家の前にある 小さな紫の甘い実
小学一年の私達は つぶつぶをぱくりと楽しんで
親にばれないように 反対側にある川で
指についた 紫の果汁を洗おうとした
低い足場にしゃがんで 水に手を伸ばすと
ランドセルが首の後ろに滑って後頭部を押した 
どぼん  
ゆっくりと確実に 私は川岸から離れる
近くに居た友達が 眼を見張って見ている
手を伸ばしたが 流され 水の中にひきずりこまれた

汚い水の中 眼を開けたまま
くるくると 洗濯物のように回った
恐怖とか 考える暇もなかった
ただ ふっと 頭が水の上に出た時に
川岸から 小さな雑草が生えているのが見えた

助かる 
つかまれば助かる

すぐに むしりとれる柔らかい草
でも つかまれば助かると思い
水中から くるくると回り頭がでた時に
思いっきり 手をのばした
林檎畑の中も 流れていた川だった
草へ 草へ でも届かない
そして 水の中へ ひきずりのまれ

ひきずりこまれながら でも
助かると思った 草につかまりさえすれば
もがきながら 今度こそ と三回くらい繰り返して
眼を開けたら 近所の家で 寝かされていた

気がついたぞ 見知らぬ大人が毛布に包まれた
私の近くで言っている
がやがやと大勢の人のいる気配がする
流される私と一緒に 川岸を走って
助けを求めて叫んでくれた友達に気づき
近所の大人の男性が 助けてくれたのだった

ランドセルも教科書も ふやけてしまい
ランドセルは 別のものと取り替えたが
教科書は 学年が変わるまでだしと そのまま使った
親にも怒られて それでも不思議と
恐怖は感じなかった 多分 感じたくなかった
桑の実が切られて 片付けられてしまった
その方がショックだった 私のせいだった

溺れた事は ひきずっていないつもりだったが
震災の津波の映像をみるたびに
いえ本当は水の事故のニュースを聞くたびに
幾度も幾度も思い出している
汚らしい水の中と 届かなかった草と
それでも普通に広がっていた青空と

いいから 泳げ 泳げるはずだ

小学五年の時の担任の先生は プールのてすりで
バタ足ばかりで泳がない私に怒鳴った
温厚な先生だったが すごい剣幕で
泳げないはずがないと 私を含めた三名を
浮き輪なしで とにかく泳げと言った

半泣きしつつ できるわけがないと思いつつ
怒られた恐さに水の中に身体を投げ出す
じたばたして 身体は沈んでいく
それでも先生は許さなかった

五度 六度と 他の生徒は休憩させて
泳げない三名に 集中して教えた
何度目か ばたばたと手足を動かすと
少し前に進んだ

ほら 泳げるじゃないか  

泳げるなんてものでもなかった が
それから水泳が 少しづつ楽しくなり練習した
三十メートルくらいは泳げるようになった

そして小学校卒業以来 十年ぶりくらいに
友人と 湖の浅瀬を少し泳いだ時
浅いと思ったのに 足がつかなくて驚き
必死に人のいる方へ泳いだら なんとか足がつき
助かったと 浅瀬に腰をおろして
ガタガタ震えながら空を仰いだ あれが最後

刈取られ 根絶やしにされた
甘い紫色の桑の実には
関係のない話であろうけど







自由詩 無情 Copyright 砂木 2012-01-01 12:46:22
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