The leaf.
Akari Chika
森が本だと想像してみる、
一頁一頁が緑の葉っぱで出来ていると。
陽の差し込む部屋でそれを開いている
まるで十四歳の気分で
カサカサした木の皮の表紙をめくると
光の透ける葉脈から文字が浮かび上がる
植物の匂い
共に繰り返す呼吸
瑞々しい触感
青々しい視覚
蝶々のように色を変えて
わたしに語り掛ける青い肉体
本は森。
世界の深淵に生え茂る森
わたしはたったひとつの宝物を見つけた
その日に限って家は静寂に満ちていた
涙が頬をつたう
誰にも見られてはいないだろう
空気だけがやわらかく
点描を描きながら浮遊していた
愛されるものは名前のあるもの、
ただ何となくそう思いながら生きてきたけれど
今わたしの目の前にある
この葉の名前をわたしは知らない
ふっくらと丸みを帯びた形状に
薄っぺらな銅を持つ見知らぬ人
でもあなたはわたしの心を奪う、
他のどの立派な名前を持つものより颯爽と。
あなたの名をわたしは知らない
九十七頁であることは確かだろう
虫に喰われた跡がある、
あなたは古い葉っぱだろう
めくれば子の葉もいる
成熟した葉も
乱れた葉も
どこを旅して
ここへ辿り着いたの
水は澄んで冷たかった?
風はあなたをもぎ取ろうとしたかしら
土とお別れするのは寂しかった?
ここにも土はあるわ
少し固いけれど
花に恋をして傷つきながら成長したのね
全部書いてある
ページに刻まれているのよ
わたしの皮膚には何も書かれていない
だからあなたが一緒に考えてくれる?
わたしはわたしの人生を
どこに刻もうか悩んでいるのよ
まだ見たことのない海の底
届くことのない空の天井
湖に映える月の色
蜘蛛が垂らす濡れた糸
廃屋の隅に開く花
わたしはわたしの心を
誰に渡そうか悩んでいる
自然の景色と心情を重ねる歓びを覚えたら
人を信じるのって難しいことでしょう?
手元の時計は意味を為さない
遠方の憧憬は継ぎ目がない
饒舌なワインと
荒れた地
めくれた舌
胸を焦がす旅人の歌
失った恋を朗々と歌い上げている
路地の眼を抜けて高い土壁を染めていく
落葉するのも悪くない、
だって日々は涸れていくもの。
時は移ろうのではなく色を変えていくの。
電話一本で歳を取ったと気づく、
なめらかな声が反響していた頃とは違う
でもわたしの葉脈は海を越えて広がり続けている
グレイト・ストーリーを紡ぐために
森が本だと想像してみる、
一頁一頁が緑の葉っぱで出来ていると。
陽の差し込む部屋でそれを開いている
まるで十四歳の気分で
あなたのようになりたい、
あなたはどこから来たの
喋らなくても通じ合っている
心は光を受け止める感覚を忘れてはいない
わたしの体内の奥深く、
細胞に溺れる魚が見つけた楽園
飛沫の跳ねる波打ち際で
わたしが拾い上げた硝子の破片
潮の香り
落日の祈り
木々の隙間に迷い込む鳥
艶々した実の奏でる音色
響き合う言葉
言の葉
それは今、私が手にしているこの本を生かす青い血液。
蝶々のように色を変えて
わたしに語り掛ける青い肉体
本は森。
世界の深淵に生え茂る森
葉は光。
心の果てを照らす道しるべ、
心の果てを飛んでいく
青い青いわたしの翼。